2018/5/15
前回の最後で、大胆にも「ワームホールを人類の手で作り出す方法」を発見したかのように書いてしまった。
ワームホールについてWEBで調べているときに見つけた論文「Can a circulating light beam produce a time machine?」を斜め読みして早とちりしたのだが、じっくり読むとやはりそんな簡単ではないらしい。
しかし驚くことに、原理的には可能というのだ。
今回はこの論文から「ワームホールを作る方法」を読み解いていきたい。
●「Can a circulating light beam produce a time machine?」(回転する光線がタイムマシンを生み出すことはできるか?)
2004/10/17 arXiv.orgより
「現時点で最も実現性がありそうなタイムマシン」で、昨年(2017年)の春時点で、最新の物理学から導かれる実現性のありそうなタイムマシンをいくつか紹介した。
この論文はその1つ、コネチカット大学のマレット博士が考案した回転するレーザーを用いたタイムマシンを、米タフツ大学のケン・D・オーラム教授とアレン・エヴェレット教授が検証したものだ。
マレット博士の理論で「CTC(closed timelike curve/閉じた時間曲線)が作れるのか?」が焦点になっている。
「CTC」とはタイムトラベルの実現をテーマとしているこのサイトにとって、ワームホールよりもむしろゴールに近い存在なのだが、過去と未来がループ上につながった、いわば時間のワームホールだ。
まず「CTC」について説明しよう。
上は両サイドを光の世界線(光の時空上の軌跡)にはさまれた「光円錐」(wiki)と呼ばれる相対性理論から導かれる図だが、中央を貫く軸線は、下半分の円錐「過去領域」から、上半分の円錐「未来領域」へと進む「時間」を表している。
この光円錐が何かの影響で傾き、
未来から出発したのに、いつの間にか過去へと戻ってしまう閉じてしまった時間の輪を「CTC」と呼ぶ。
最初のCTCは、1937年にオランダ出身の数学者ヴァン・ストッカムによって提示された。
ダスト(粒子や物質など)が対称軸の周囲を回転して円柱を形成するとき、その対称軸に重力場が生成される。
この軸から外側に離れるにつれて光円錐は傾いていき、円柱の周囲にCTCが形成される。
ただし「ヴァン・ストッカム・ダスト」ではダストの回転を生み出すための動力源が必要となる。
マレット博士は2003年に発表した論文で、軸を中心として円形の経路を動く無限に長い光の円柱の外側に、特別な動力源なしでCTCが形成されるという理論を提示した。
2003/4/27 Ronald L. Mallettの論文より
ただし、オーラム教授とエヴェレット教授の検証によれば、マレット博士の理論でCTCが形成されるのは次のいずれかの場合に限定される。
(1)回転レーザーの輪の直径が無限に近い大きさを持つ場合
円柱の縦の長さに対して、10の10乗のさらに46乗の輪の大きさが必要という。
簡単にはイメージできないが、現在観測できる宇宙よりも大きい。
(2)回転レーザーの円柱の長さが無限に近い大きさを持つ場合
もう1つは回転レーザーの円柱が無限に近い長さを持つ場合だ。
つまりマレット博士の理論でCTCを形成するためには、装置の長さと幅の比が宇宙規模になる必要があるだ。
これでは実験室はおろか、地球上のいかなる場所でもタイムマシンを建設することは不可能だろう。
しかしオーラム教授とエヴェレット教授はこうも言っている。
マレット博士の実験室でCTCを作ることは不可能かもしれないが、原理的にCTCが生み出せるという事実は重要だ。
理論から計算される光円柱は約10 -19kg /mという極わずかな質量しか持たないが、測定できるような重力効果をもつ電磁放射の密度をコントロールできれば、将来可能になるかもしれない。
つまり強力なレーザーで有意な重力効果を生み出せるほどの技術があれば、CTCを作ることができるというのだ。
そこで参考になる事例を調べてみた。
10年近く前になるが、2009年に大阪大学を中心とした研究チームが「実験室で模擬ブラックホールを作った」と話題になった。
●高出力レーザーで生成した模擬ブラックホールを用いた新しいX線天文学
2009/10/19 大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
※pdfファイルが大きいので注意(3.8M)
実際には直接ブラックホールを作ったわけではなく、高出力のレーザーを使ってブラックホールの周囲で観測される「光電離」という現象を発生させたのだが、この実験によって放射されたX線は、天体観測で得たブラックホールのデータに近かったそうだ。
大阪大学は高出力レーザーの研究に力を入れているが、次の記事もおもしろい。
レーザーのエネルギー集中性を利用して、超新星爆発などの天体現象に見られる極限的プラズマ状態を実験室で生成することができるという。
ブラックホールを作るためには、単純に言えば極端に小さな領域に強大なエネルギーを集中させてやればよい。
ただし極小領域に四方八方からレザーを照射すると均一性を保つことが難しい。
例えば均等に照射させるために、超伝導のマイスナー効果とピン止め効果(wiki)が利用できないだろうか?
前回のワームホールを観測するためのポイントを踏まえると、この極小領域に閉じ込めた強大なエネルギーを回転させることができれば、ブラックホールからワームホールを作ることができるかもしれない。
次は最近の記事だが、
2018/3/8 fabcross for エンジニアより
インペリアル・カレッジ・ロンドン大学を中心とした研究チームが、数μmという極小領域に集束した強力なレーザービームを光に近い速度で飛ぶ電子と衝突させて、電子を減速させることに成功したという。
これもブラックホールの周囲で起こる現象を実験室で再現した事例だ。
このまま高出力レーザーの研究が進めば「実験室でCTC(やワームホール)を作ることに成功!」というニュースが現実になるかもしれない。