2019/1/10
あなたが「あなた」と思っている「あなた」とは何か?
自由意志、自我、主観的意識、自意識・・・
はるか昔から繰り返されてきた難題だが、リアルタイムに生きた脳を観察できるfMRI(wiki)などの技術の進歩により、最近では脳内のニューロンの活動が「あなた」の動作を決めている・・・つまり「われわれには自由意志など存在しない」というのが多くの科学者の見解だ。
しかしこれは、このサイトで時間移動の方法の1つとして紹介している「タイムリープ」にとっては死活問題になる。
「タイムリープ」とは精神だけが肉体から離れて過去や未来へ時間移動することで、精神が肉体と分かれて存在できないのなら(脳がわれわれの自由意志や自我をすべて作り出しているのなら)タイムリープという現象はありえない。
※過去に戻れば脳細胞も記憶もすべて巻き戻ってしまい、タイムリープそのものが無かったことになる。詳しくは「時間旅行入門」のQ13を参照。
2019年最初の記事でこのサイトがずっと考察してきた「タイムリープ」が幻になってしまったらとてもしのびないが、「ない」ものを「ある」と言い続けるのも科学的ではない。
この機会に疑似科学をいっさい排除して、「わたし」という自意識がどこでどのように生まれるのかを考えてみたい。
まずは現代科学で考えられている脳の機能の簡単に紹介し、「わたし」という意識が脳のどこで生まれるかを考察していく。
今回の記事は昨年末に発売された「孤独と共感 脳科学で知る心の世界 (別冊日経サイエンス)」の記事の1つ、アメリカの神経科学者クリストフ・コッホによる「意識とは何か」を参考にした。
※脳に関する資料として参考にしたその他の本やWEBサイトを最後にまとめて掲載している。
まずわれわれの脳は大脳、小脳、脳幹の3つに部位に分けられる。
下記のイラストをご覧いただきたい。
色のついていない小脳と脳幹は主に呼吸や運動機能のコントロールなど生命維持に使われ、色をつけた大脳が、他の動物と比べても人間が一番発達している部分で、思考の中枢を担っている。
例えば身体のバランスをとったり運動機能をつかさどる小脳が傷ついても、めまいやふらつきや歩行障害が生じるが、意識に影響はない。
大脳は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分かれており、前頭葉は主に運動や意志決定を、側頭葉は聴覚や記憶を、頭頂葉は感覚を、後頭葉は視覚をつかさどっている。
さらに大脳は左脳と右脳に分かれており、言語中枢がある方を優位半球、ない方を劣位半球と呼び、担う役割が異なる(機能の優劣ではない)。
通常右利きの人は99%が左脳が優位半球で、左利きの人は50%が右脳が優位半球、残りの50%が左脳が優位半球だ。
この優位と劣位は生まれたときから決まっており、途中で左利きを右利きに矯正しても機能は変わらない。
特に優位半球の前頭葉前半部(前頭前野)は、思考や感情や性格をコントロールしているとされ、病気や怪我で優位半球の前頭葉がダメージを受けると、几帳面な人がだらしなくなったり攻撃的になる。
反対に劣位半球の前頭前野が失われても、症状はなにも出ないことがほとんどだ。
このことから、医師や多くの科学者が、意識はこの優位半球の前頭前野で生まれると考えている。
しかしコッホは違う意見だ。
脳の活動を記録できるfMRIを使った実験では、われわれが何かを見たり聞いたりするとき、脳の後頭葉を中心に頭頂葉や側頭葉が活動していることがわかる。
例えば脳の手術の前に病巣の周囲に電気刺激を与えて機能を調べることがあるが、後頭葉に刺激を与えると、閃光や幾何学的な模様、顔の歪み、幻覚といったさまざまな感覚や感情が引き起こされるのに対し、前頭葉に刺激を与えてもそのような意識体験は起こらない。
また脳腫瘍を除去するために前頭葉の一部を切除したケースでは、性格の変化や運動障害、言葉の不具合が生じたが、意識的な経験に影響はなかった。
ただし後頭葉の一部を切除した患者は顔を認識できず、動きや色を判別することができなくなってしまった。
つまりわれわれが体験する視覚や音などの意識体験は、大脳の後頭葉を中心とした領域から生まれるとコッホは考えている。
果たして意識は脳の前半部で作られるのか? それとも後半部で生まれるのか?
この問題を解明するための糸口が、米ウィスコンシン大学マディソン校のジュリオ・トノーニとミラノ大学のマルチェロ・マッシミニが開発した「ZAP&ZIP法」だ。
トノーニたちは、植物状態や手術中の麻酔下の状態にある患者の意識の有無を確かめるためにこの技術を開発した。
このような特殊な状態にある患者の意識を測定することは難しく、今まではせいぜい覚醒度ぐらいしか判定できなかった。
「ZAP&ZIP法」は、外部から磁気パルスを頭蓋骨に送り込みニューロンを活性化させ、その電気信号をセンサーで計測し記録。時間経過によって脳内の特定場所がどのように変化していくかを映像化する。
記録されたデータを分析すると、電気信号が強くなったり弱くなったりする緩和のリズムが、単調なほど無意識である可能性が高く、複雑であるほど意識をもつ可能性が高くなることがわかった。
トノーニたちはこの結果を脳の応答の複雑さの推定値として定量化した。
健康なボランティアで計測した結果、覚醒時には0.31~0.70の「心のゆれの複雑さ指数」を持ち、深い眠りや麻酔時には0.31を下回っていた。
また脳に損傷はあるが応答が可能な患者48人について「ZAP&ZIP」を試験したところ、いずれの場合も意識の行動証拠が確認された。
さらに植物状態の81人の患者に「zap&zip」を試したところ、反射行動のほとんどない38人のうち36人に意識反応があり、すべてのコミュニケーションが不可能な43人のうち9人にまで意識反応が確認された。
トノーニたちはこのシステムを植物状態の子供やいろいろな患者の意識を測定できるように改良中だが、この技術でわかったことは、意識を生み出す脳の仕組みは、特定の部位が担うような局在的なものではないということだ。
つまり意識は前頭葉や後頭葉などの特定の部分ではなく、大脳全体のネットワークによって生み出されるというのだ。
この新しい考え方は、現在「GNW」と「統合情報理論」という2つの異なる理論によって提唱されている。
実はこのどちらが正しいかで、「将来AI(人工知能)が意識を持つようになるか?」という答えにつながっていくのだ。
次回はこの2つの理論を考察していく。
【参考にした本】
●「孤独と共感 脳科学で知る心の世界 (別冊日経サイエンス)」
本文中で紹介したコッホの記事が掲載されている。
イラストと文章がとてもわかりやすい「図解雑学」シリーズ。
【参考にしたWEBサイト】
●脳について(「医療法人 稲村脳神経外科クリニック」サイトより)
右脳と左脳の違いや大脳の機能がわかりやすく紹介されている。
●脳の世界(「中部学院大学 三上研究室」サイトより)
脳に関するたくさんの研究がデータベースとしてまとめられている。前頭連合野の話がおすすめ。