●この世界の真の姿は「非局所性」ーアンプリチューヘドロンー

2019/9/21

 

アンプリチューヘドロン・イメージ

 

今年7月、世界で初めて「量子もつれ」の瞬間が撮影された。

※「量子もつれとは何なのか?」、それが「どのようにして撮影されたのか?」については下記の記事を参照。

 

●世界初!画像にとらえられた「量子もつれ」と「ベルの不等式」の解説

 

 

量子もつれはこの世界のミクロの領域を研究する「量子力学」のもつ不思議な現象の1つだが、その根本には「非局所性」(Nonlocality)という性質が隠れている。

 

「非局所性」の前に、われわれの世界を支配している(とされる)「局所性」(Locality)から説明しておこう。

 

 

「局所性」とは、粒子が空間や時間的にすぐ隣の位置からしか相互作用できない(影響しあえない)という概念で、量子力学的にすべての可能性の結果を足した確率が1にならなければならないという「ユニタリー性」(Unitarity)とともに、物理学の根幹を成している。

 

簡単に言えば「遠く離れた物質はお互いに影響を及ぼさない」というのがこの世界の常識だ。

 

もし「局所性」が破れたなら、遠く離れたもの同士がテレパシーのように連絡を取り合うことができ、「原因」の前に「結果」がわかるような因果律が逆転する非常識なことが起こる。

 

 

「あれ? でもつい最近そんな現象があるのを読んだぞ」というあなたは、賢明!

 

そう、まさに「量子もつれ」「もつれ合った粒子が、遠く離れていても互いに影響を及ぼす」現象こそが、「非局所性」なのだ。

 

 

「それがどうした?」、「量子力学のようなミクロの世界の話など、今われわれが住んでいるマクロな世界には関係ないじゃないか?」

 

 

でも、こう書いたらどうだろう。

 

最新の物理学でわかってきたことは、われわれの世界の真の姿はこの非局所性で、空間も時間も派生的なもので、もっと根源的な何かから生まれるとしたら・・・。

 

 

特殊能力を持ったヒーローたちが地球、いやこの宇宙の危機を救うために戦う映画「アベンジャーズ」シリーズの完結編、「アベンジャーズ/エンドゲーム」を見た方は、「もしや、あのこと?」と思われるかもしれない。

 

 

 

ネタバレになるのでさわりだけ書くが、この映画にはいままでのSF映画で描かれたことのない、とても特殊なタイムトラベルが登場する。

 

ヒーローたちは量子力学の支配するミクロの領域、空間の最小単位「プランク長(1.616199×10-35m)」、時間の最小単位「プランク時間 (5.39106×10-44秒)」以下まで小さくなる。

 

 

このミクロの世界では、今まで物質を隔てていた距離と時間があいまいになり、時空がゆらいだ非局所性の世界になる。

 

ヒーローたちはこのゆらいだ世界で時間と空間の壁を越えてタイムトラベルするのだ。

 

 

「SF映画の話じゃないか? それがどうした?」

 

いえいえさすがに巨額の費用を投じて作られたハリウッド映画だけあって、科学的な考証も最新の物理学の理論を取り入れているのだ。

 

 

今年の春に発売された科学書、

宇宙の果てまで離れていても、つながっている:  量子の非局所性から「空間のない最新宇宙像」へでも、そんな「量子もつれ」「非局所性」の研究が語られている。

 

著者のジョージ・マッサーは科学ジャーナリストで、ファン・マルダセナやレオナルド・サスキンド、エドワード・ウィッテンといった世界中の名だたる科学者に取材を行い執筆した。

 

数式は使われておらず「初心者にもわかりやすく解説」とAmazonの説明には書かれているが、物理学をかじった人でないと最後まで読み進めるのは難しいだろう。

 

著者が本当に書きたかったテーマ、「この世界の真の姿」、「われわれのよく知る空間や時間が何から生まれてくるのか?」は、最後の最後まで読まないとわからない。

 

この本は科学書なので、最後のネタがわかっても魅力が半減することはない。むしろ途中で読み飽きられる方が残念だ。

※どうしても本のネタバレがいやだという方はここから下は読まないでください。

 

 

「時空が何から生まれてくるのか?」についての最新の物理学の答えは、

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・・

 

「超幾何学」だ。

 

それは「アンプリチューヘドロン」という手法で導かれる。

 

 

「超幾何学???」 

 

「アンプリチューヘドロン??????」

 

 

おそらく多くの人の頭の中に???がたくさん並んだだろう。

 

ためしに「アンプリチューヘドロン」で検索してみると、(現時点で)日本語で詳しく説明しているサイトはほとんどない。

 

なので、なるべく本質をはずさないように気をつけながら、「わかりやすさ」優先で解説してみたい。

 

 

さきほど紹介したアベンジャーズには、「インフィニティ・ストーン」という、宇宙のはじまりのビッグバンによって「特異点」が6つの結晶に変化した宝石が登場する。

 

その1つ「スペース・ストーン」はテッセラクトという立方体の中に立方体が入った奇妙な形をしている。 

テッセラクト(正八胞体wikiより)
テッセラクト(正八胞体wikiより)

 

実はこれ、われわれの住む3次元空間での立方体(いわゆるサイコロ)を4次元空間で表現したときの4次元超立方体なのだ。

※4次元超立方体の断面は3次元の立方体、3次元立方体の断面は2次元の正方形、2次元正方形の断面は1次元の直線になる。

 

アベンジャーズでは、この「スペース・ストーン」を手に入れた者は、テレポーテーション(空間を自在に行き来できる)が可能になるとされる。

 

でももしかするとアンプリチューヘドロンの研究が進んでいけば、空間どころか時間を越えて旅することができるようになるかもしれないのだ。

 

 

アンプリチューヘドロンを図にするとこんな感じだ。

7つの頂点を持つ「アンプリチューヘドロン」
7つの頂点を持つ「アンプリチューヘドロン」

 

さきほどのテッセラクトと似ているだろう。

 

アンプリチューヘドロン(Amplituhedron/wiki)時空(時間と空間)を前提とせず、1個の粒子に1個の頂点を当てて多面体を描き、その体積を求めると振幅が現れるという手法だ。

 

この多面体はわれわれの住む通常の空間の中に存在する現実の物体ではなく、粒子の相互作用の構造(互いに影響しあう姿)をとらえた抽象的な数学的形状である。

 

 

アンプリチューヘドロンは「時空を前提としない量子重力理論から」と、「複雑な計算をたやすくするため」2つの側面から生み出された。

 

 

【量子重力理論からの側面】

 

物理学は局所性を重視する時代と非局所性を重視する時代とが、時とともに移り変わってきた。

 

20世紀初頭は相対性理論を中心に局所性が重視されていたが、量子力学が発達した20世紀後半から21世紀にかけては、再び非局所性に注目が集まっている。

 

20世紀初頭までの物理学は、アインシュタインの相対性理論の「時空」(3次元の空間と1次元の時間)を基本的な舞台として、その中で粒子がどのようにふるまうかが考えられていた。

 

しかし1944年、ドイツの理論物理学者ハイゼンベルクは、時空を前提とせず、「粒子の衝突と生成」を「入ってくるものと出てくるもの」としてとらえる「S行列」を発表した。

 

1967年には、数学者で物理学者のロジャー・ペンローズが、時空を前提とせず、光線の渦を巻くパターンがスピンする粒子を再生するという「ツイスター理論」(wiki)を提唱した。

 

しかしペンローズは量子力学と重力とを統一する「量子重力理論」の第一候補とされた「弦理論」を批判し、ツイスター理論は粒子が非対称になってしまう問題も抱えていたため、世間から忘れ去られてしまった。

 

しかし2003年に「超弦理論」の権威であるエドワード・ウィッテンがペンローズと会談し、「ツイスター理論」と「超弦理論」を合わせたアイデアを発表。

再びツイスター理論が見直されるきっかけとなった。

 

2005年にはイギリスの数学者アンドリュー・ホッジスがハイゼンベルクの「S行列」を取り入れた新たな「ツイスター理論」を発表。

 

そしてついに2015年、プリンストン高等研究所の物理学者ニーマ・アルカニ=ハメドが当時大学院生だったヤロスラフ・トルンカ(現在はカルフォルニア工科大学)とともに「時空は幾何学的な振幅する多面体の体積から計算できる」という「アンプリチューヘドロン」という手法を発表した。

 

「アンプリチューヘドロン」とは、アルカニ=ハメドたちの考案した、「アンプリチュード(Amplitude/振幅)」「ポリヘドロン(polyhedron/多面体)」を合わせた造語だ。

 

 

【計算をたやすくする側面】

 

アンリチューヘドロン「ファインマン・ダイアグラム」の発展形ともいえる。

 

「ファインマン・ダイアグラム」は1948年に、それまで複雑な方程式でしか表現できなかった粒子のふるまいをわかりやすく記述する図として、物理学者リチャード・ファインマンによって生み出された。

 

ファインマン・ダイアグラム

上のファインマン・ダイアグラムでは、左側の電子が光子を放出してその進路を変え、跳ね返った光子が別の電子の進路を変える様子が描かれている。

 

つまりファインマンは、粒子がどのように集まって散乱し、他の粒子に変換されるかという「散乱振幅」を図(ダイアグラム)によって示した。

 

非常に便利なファインマン・ダイアグラムだったが、1つや2つ、3つならまだしも、粒子加速器の中での素粒子の衝突のようなたくさんの粒子のふるまいを描こうとすると、とたんに膨大な数の図形が必要になり、コンピューターを使っても時間のかかる複雑な計算になった。

 

アルカニ=ハメドたちのアンプリチューヘドロンは、ファインマンが考慮していなかった「対称性」に注目し、最終的には相殺されてしまうものの、前もって知ることができず重荷になっていた「項」を減らすことに成功した。

 

これまでにコンピューターを使って何時間のかかっていた計算を、なんと紙の上で行うことができるようになったのだ。

 

●ファインマン・ダイアグラムからアンプリチューヘドロンまでのわかりやすい解説動画 

 YouTube/Quanta Magazineより

 

 

われわれが日常生活で観察している局所性は、アンプリチューヘドロンがいかに組み合わさっているかの結果だ。 

 

閉じたアンプリチューヘドロンと開いたアンプリチューヘドロン

左の8面体はすべての面が閉じた形で組み合わさっており、6つの頂点が閉じているからこそ局所性が保たれる。

 

反対に右は同じ8面体でも一部が閉じずに開いてしまっている。このままでは局所性が保たれず非局所性が現れてしまうが、実はこの世界は右の様に開いてしまうことのが圧倒的に多く、左のような局所性は非常に特殊なケースなのだ。

アンプリチューヘドロンをイメージしたカワセミ

例えば上のイラストのカワセミは、三角形や四角形を組み合わせて閉じた多面体で描かれている。

しかし周囲に散らばった多面体はバラバラで閉じていない。

 

われわれの世界の真の姿はこのようなバラバラのアンプリチューヘドロン、つまり非局所性の方が普通なのだ。

 

 

空間は舞台となる根源的なものではなく「もっと実在的な何かが存在するのではないか?」という理論は、量子グラフティ行列模型ホログラフィー原理などがある。

 

超弦理論の専門家である大栗博司教授は、ホログラフィー原理を使って「量子もつれが空間を生み出す」という研究を発表している。

 

●量子もつれが時空を形成する仕組みを解明~重力を含む究極の統一理論への新しい視点~

東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構より

 

しかしホログラフィー原理でも時間は創発できず、時間と空間を前提としないアイデアは、今のところこのアンプリチューヘドロンが最先端だ。

 

 

アルカニ=ハメドによれば、アプリチューヘドロンは計算をより簡単にしたり、量子重力理論への道を先導するだけでなく、われわれの世界の基本的な構成要素として空間と時間を捨てた結果、ビッグバンからはじまった宇宙の進化を純粋な幾何学で導き出せるかもしれないという。

 

アンプリチューヘドロンは現時点ではわれわれの世界を直接記述するものではないが、研究が進めば、アベンジャーズに登場する魔術師ドクター・ストレンジのように1400万通りの中からわれわれが生き残れるたった1つの未来を探したり、量子の海を泳いで過去や未来へタイムトラベルできるようになるかもしれない。