●「キップ・ソーン博士のタイムマシンが実現?(1)(もつれたブラックホールはワームホール)」

2017/3/31

ワームホールイメージ

前回「過去を見るタイムマシンの作り方(3)(クォンタム・アクセス )」で紹介した、2013年に発表されたマルダセナとサスキンドの論文「量子もつれ状態にある2つのブラックホールがワームホールになる」という日経サイエンスの記事のソースがずっと気になっていた。

 

なぜなら「ワームホール」が、このサイトの「タイムトラベルの基本」でも紹介している、今最も現実的な過去へのタイムマシン=「キップ・ソーン博士のタイムマシン理論」のキーアイテムとなるからである。

 

キップ・ソーン博士といえば、アメリカの理論物理学者でブラックホールの命名者ジョン・ホイーラー博士の弟子。

さらに、ご存知の方も多いと思うが、SF映画「インターステラー」の原案と物理理論の監修も行っている。

 

まずはキップ・ソーン博士のタイムマシン理論をおさらいしよう。

 

 

ワームホールをイメージしやすくするために「タイムトラベルの基本」でも使ったドラえもんの「どこでもドア」で説明する。

 

二つの離れた空間を結ぶトンネル=ワームホールでつながれた「どこでもドアA」と「どこでもドアB」を用意する。

どこでもドアイメージ図1
図1

 

「どこでもドアB」を光速で振動させる。

どこでもドアイメージ図2
図2

 

「どこでもドアA」の時間は普通に進むのに対し、「どこでもドアB」の時間は特殊相対性理論により時間の進みが遅くなる。

どこでもドアイメージ図3
図3

 

「どこでもドアA」から入ったのび太が「どこでもドアB」から出ると、そこは過去の世界。

過去へのタイムトラベルが実現する。

どこでもドアイメージ図4
図4

 

キップ・ソーン博士のタイムマシン理論をかなり単純にして説明したが、この理論を実現するためには、少なくとも次の3つの課題をクリアしなければならない。

 

(1)どうやってワームホールを作るのか?

 

(2)どうやってつくったワームホールを維持するのか?

 

(3)どうやって出口(上の図で言えば「どこでもドアB」)を光速で振動させるのか?

 

 

さらに、キップ・ソーン博士の理論では、タイムマシン(上の図で言えば2つの「どこでもドア」)を設置する前の過去には戻ることができない(そもそも出口である「どこでドアB」がないのだから)。

 

ただし、このデメリットは、ある意味メリットにもなる。

 

タイムトラベルなど実現不可能と主張する人はよく「人類の歴史上で、タイムマシンに乗ってやって来たという未来人の記録など残っていない」ことをその理由にあげるが、これに反論することができる。

 

つまり、過去へのタイムトラベルが可能なのはタイムマシンが設置された後-未来人がやってくるのはタイムマシンが開発された後なのだから、キップ・ソーン博士の理論では今まで未来人が来ていないことも当然だといえる。

 

さて、マルダセナ博士とサスキンド博士の論文「量子もつれ状態にある2つのブラックホールはワームホールになる」というアイデアを使えば3つの課題のうち、(1)と(2)が解決されるかもしれない。もしかしたら(3)でさえも・・・。

 

そのためには、まず日経サイエンスの記事のソース=「マルダセナ博士とサスキンド博士が2013年に発表という論文」に関する記事を考察する必要がある。

 

国内サイトで探してみたが見つからず、英語でキーワードを打ち込みまくり、おそらくこれだというニューヨーク・タイムズの記事を見つけた。

 

●ファイアウォールに包まれたブラックホールのミステリー

 2013/8/15 ニューヨークタイムズ DENNIS OVERBYE氏の記事より

 

この記事はブラックホールが抱えている「ファイアウォール・パラドックス」が主題だ。

 

ファイアウォール・パラドックスとは、ブラックホールに飲み込まれるものはすべてそのフチ(事象の地平面)を横切るときに炎の壁によって燃え尽きてしまい、「情報は保存される」という量子力学に反するというパラドックスである。

 

もともとアインシュタインの等価原理によれば、映画「インターステラー」でも描かれているように、ブラックホールに落ちていく宇宙飛行士は、事象の地平面を過ぎても特別に何も感じないと考えられてきた(その後は潮汐力によって引き伸ばされ、小さな粒子となって消えていくが・・・)。

 

さらにファイアウォール仮説が登場した背景には、量子力学からブラックホールをとらえた場合の、もう1つのパラドックス-情報は保存されるだけでなく、あらゆる粒子が「一夫一婦制」のようにペアを形成しなければならないという問題があった。

 

ホーキング博士は「何でも飲み込んでしまうブラックホールから少しずつ粒子が外へ漏れ出し、最終的には蒸発してしまう」という、いわゆる「ホーキング放射」を1974年に発表した。

 

ホーキング放射によれば「漏れ出る粒子」は「中に飲み込まれる粒子」だけでなく「以前に漏れ出た粒子」とも「もつれ関係」を持とうとする。しかし、同時に2つのペアに属することはできず、どちらかのペアは解消されなければならない。この時大量のエネルギーが放出され、強烈な放射によって炎の壁が生み出される。

 

ブラックホールに落ちていく宇宙飛行士は、事象の地平面で炎の壁にぶつかり、一瞬にして灰となる、つまり情報は灰となって消滅するというのが、アメリカのカブリ研究所のポルチンスキー博士をはじめとする4人のチーム(4人の頭文字をとって「AMPS」とよばれる)が提唱したファイアウォール仮説である。

 

しかしこれは、情報が常に保存されるという量子力学に反しており「ファイアウォール・パラドックス」と呼ばれる。

 

・ファイアウォールはあるのか無いのか?

 

・情報は保存されるのか無くなるのか?

 

・事象の地平面では何も劇的なことは起きないといったアインシュタインは間違いなのか?

 

いまだ決着はついていないが、その解決の1つとして提案されたのが、「量子もつれ状態にある2つのブラックホールはワームホールになる」というマルダセナ博士とサスキンド博士の仮説である。

 

記事後半の「Einstein’s Revenge」以下に注目したい。

 

マルダセナ博士はこのサイトで何度も紹介しているホログラフィー原理(3次元空間の中で起きる現象に関する情報は、その2次元境界における量子方程式で表すことができる)の提唱者としても有名。

記事によると、ポルチンスキー博士は、このホログラフィー原理に基づき「時空や重力は量子もつれによって出現するもので、基礎的なものではない。だとすると時間や空間や重力をベースとした一般相対性理論も、もはや基礎的なものではない」としてアインシュタインの相対性理論を過去のものと言っている。

 

ただし当のマルダセナ博士は、1935年にアインシュタイン博士とローゼン博士が数学的な可能性として発見した「ブラックホールが空間をショートカットするペアを形成する」というアインシュタイン-ローゼン・ブリッジ、つまりワームホールに注目した。

 

ブラックホールに詳しいスタンフォード大学のサスキンド博士と共同で、ワームホールは今まで想像されてきたような2つの空間を結ぶトンネルではなく、

従来のワームホールイメージ
従来のワームホールイメージ

 

もつれ状態にある2つのブラックホールの間にのびた無数のスペゲティのような糸が、それぞれのブラックホールを通ってホーキング放射につながっているのだと考えた。

マルダセナ-サスキンド・ワームホール
マルダセナ-サスキンド・ワームホール

マルダセナ-サスキンド・ワームホールでは、図をご覧いただければおわかりのように、一連のもつれが赤い糸としてつながっており、、ホーキング放射によって「以前に漏れ出た粒子」と「中に飲み込まれる粒子」は同じものになり、「漏れ出る粒子」とのもつれ関係は1つのペアですむ。これによってファイアウォールを考慮することなく、もつれ関係は事象の地平面を越えることができ、情報は保存される。

 

ただしマルダセナ博士とサスキンド博士もこのワームホール仮説はまだ発展途上であることを認めている。

記事でもこの仮説だけで「ファイアウォール・パラドックス」が解決されると考える科学者は少ないと締めくくっている。

 

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まだまだ研究段階にあるマルダセナ-サスキンド・ワームホールだが、次回はこの仮説を利用して、キップ・ソーン博士のタイムマシンの実現に立ちふさがる課題をクリアし、タイムトラベルを可能にする方法を考察していく。