2018/8/24
昨日ナゾロジーに掲載された記事を見て驚いた。
2018/08/23 Nazologyより
なんと、ビッグバン以前の宇宙の痕跡が発見されたという。
「別の宇宙だぞ!」、しかも「ビッグバン以前の宇宙だぞ!」と1人興奮したものの、世間ではぜんぜん話題になってない。
これは何か裏があるに違いないと記事の元になった論文を読んでみた。
●Apparent evidence for Hawking points in the CMB Sky(宇宙マイクロ波背景放射の空におけるホーキング・ポイントの明らかな証拠)
2018/8/6 arXiv.orgより
この論文は、イギリスの名門オックスフォード大学の物理学者ロジャー・ペンローズ博士とニューヨークのSUNYマリタイム大学の数学者ダニエル・アン博士、ワルシャワ大学の理論物理学者クシシュトフ・メイスネル博士の3名が共同で発表したものだ。
3名の中でもペンローズ博士(wiki)はスティーヴン・ホーキング博士と共同で証明したブラックホールの特異点定理をはじめ物理学界に数々の功績を残し、幾何学的な絵で知られる版画家のエッシャーにも多大な影響を与え、イギリス王室から「ナイト」の称号を与えられているすごい科学者だ。
論文の発表が今月6日なので、話題になってないのはまだ内容の精査中だからなのかもしれない。
まずはペンローズ博士たちの発見がどんなものなのか考察していこう。
ペンローズ博士たちによれば、私たちが住んでいる宇宙の前にも宇宙があり、過去の宇宙でブラックホールが残した痕跡を「宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background/以下CMBという)」の中に発見したという。
それは「ホーキング・ポイント」と呼ばれる。
CMBとは宇宙初期のビッグバンのときに放たれた光で、今でも宇宙のあらゆる方向から地球に届いており、宇宙が誕生してすぐに極小空間から急膨張したという「インフレーション理論」の証拠の1つにもなっている。
そのCMBの中にホーキング・ポイントと呼ばれる異常なエネルギーのポイントを検出したという。
ちなみにこの「ホーキング・ポイント」という名前は、この春に亡くなったペンローズ博士の友人であり偉大な物理学者のホーキング博士が発見した「ブラックホールは重力子や光子などの粒子を放射することによって、ゆっくりと質量とエネルギーの一部を失っていき、最後には蒸発して消えてしまう」という「ホーキング放射」に由来している。
※論文のはじめに「Dedicated to the memory of Stephen Hawking(スティーブン・ホーキングの思い出に捧ぐ)」というメッセージも添えられている。
このホーキング・ポイントはたまたま博士たちがCMBのデータを分析していて偶然に発見されたのではない。
ペンローズ博士が2006年に提案した新たな宇宙創成の理論「共形サイクリック宇宙論」(Conformally Cyclic Cosmology/CCC)を証明するために、戦略的にCMBのデータを分析した結果、検出されたのだ。
●BEFORE THE BIG BANG:AN OUTRAGEOUS NEW PERSPECTIVE AND ITS IMPLICATIONS FOR PARTICLE PHYSICS(ビッグバンの前に:素粒子物理学のとんでもない新しい見解とその意味)
※ペンローズ博士が「共形サイクリック宇宙論」を発表した2006年の論文
さて、ペンローズ博士が提案する"とんでもない"「共形サイクリック宇宙論」とはどんな理論か?
ペンローズ博士によれば、宇宙が発展し膨張していく中でやがてたくさんのブラックホールが生まれ、星々はブラックホールに飲み込まれていく。
ブラックホールがすべての星たちを食べつくしてしまったら、ある時点でその宇宙はブラックホールばかりになってしまうだろう。
やがてそのブラックホールたちもホーキング放射によってゆっくりと蒸発していく。
最後に残されるのは質量のない重力子や光子だけだ。
質量のない重力子や光子は、われわれのような質量をもった物質と同じようには時間と空間を経験しない。
アインシュタインの特殊相対性理論によれば、質量のある物質が光速度に近づくにつれ時間は遅くなり、空間は縮んでいく。
だが、もともと質量のない重力子や光子は常に光速度で飛んでいるため、時間や空間の歪みは関係ない。
重力子や光子にとっては「時間」や「空間」は「存在しない」のだ。
だからブラックホールが消えてしまった後、重力や光子だけが残された宇宙では「何が時間なのか」、「何が空間なのか」がわからない。
このときの宇宙は、ちょうどビッグバンが起こる前の、時間も空間もない「われわれの宇宙のはじまり」によく似ているのだ。
そしてビッグバンが起こり、われわれの宇宙は再びはじまる。
こうして少なくとも過去に1回は他の宇宙が存在し、その宇宙の死から現在の宇宙は生み出された、「宇宙は消滅と再生を繰り返していく」というのがペンローズ博士の「共形サイクリック宇宙論」だ。
ペンローズ博士は1つの宇宙が誕生してから消滅するまでの1周期を「イオン(aeon)」と読んでいる。
※aeonとはラテン語で「永遠」を意味する。宇宙のはじまりと最後は質量が0の光子や重力子だけの時間も空間もない「永遠」の世界なのだ。
なんてロマンティックなネーミングだろう。
しかしいったん終わって消えてしまった宇宙から、どうやって新しい宇宙にブラックホールの痕跡が引き継がれるのだ?
ペンローズ博士によれば、それは過去に存在したブラックホールが何十億年にも渡って投入したホーキング放射のエネルギーによって刻まれた結果だという。
共形サイクリック宇宙論では、前宇宙から現宇宙への境界は共形境界と呼ばれ、過去の境界から新しい境界へとスムーズにくっつくことができる。
質量のない光子や重力子にとっては前宇宙と現宇宙の間に境界はなく、無事通過することができるのだ。
●Conformal cyclic cosmology(共形サイクリック宇宙論wiki)より
だから刻まれた痕跡は以前の宇宙の死を乗り越えて、新しい宇宙のビッグバンによって発せられたCMBに潜むことができる。
ペンローズ博士はホーキング・ポイントを発見するために、ホーキング・ポイントのスペクトルの予測値を強調した地図と、ランダムなCMBのデータから作った1000もの地図を比較した。
予測値をランダムデータが模倣できなければ、それは新たに特定されたホーキング・ポイントが過去の宇宙のブラックホールによって刻まれたものである。
そして、南極に設置した望遠鏡によってCMBの観測を行う「BICEP2プロジェクト」によって、2014年3月17日に発見されたBモード偏光(重力波がCMBに影響を与えたとされる渦巻きパターン)の中に、ペンローズ博士たちはホーキング・ポイントを発見したのである。
2016年にアメリカの重力波望遠鏡「LIGO」によって重力波が検出される以前にも、2014年にこの「BICEP2」によって、重力波が検出されたと話題になった。
●BICEP2の発見に関する過去の記事
2014/3/18 アストロアーツより
ただしこのときは銀河の塵の影響によってBモード偏光した可能性があることから、重力波の検出として正式には認められなかった。
だがペンローズ博士たちはこの「BICEP2」によって観測されたCMBのデータから、地図の中心領域に特徴的な同心円状の3重リングを見つけた。
共形サイクリック宇宙論では、最終的に星たちは宇宙の中心にある超巨大ブラックホールに飲み込まれていく。
宇宙の中心に刻まれたこのリングの痕跡を、ペンローズ博士は共形サイクリック宇宙論の証拠だと主張したのだ。
すごいニュースじゃないか!
ただし、話題になってないのは次の理由かもしれない
ペンローズ博士が「過去の宇宙の痕跡を発見した」という論文を出すのは、これがはじめてではないのだ。
2010/12/28 ナショナル ジオグラフィックより
2010年にアルメニアのエレバン物理研究所のバヘ・グルザディアン博士とペンローズ博士が共同で発表したこの論文は、当時かなりの注目を浴びたものの、最終的に他の物理学者を納得させることはできなかった。
「宇宙の変遷を経ても痕跡が残り続けるのは納得できない」、「ただのランダムなノイズだ」との意見の他、物理学者が特に納得しなかったのは、博士の理論はさまざまな観測データからその正しさが裏づけされている「インフレーション理論」を切り捨てていることだ。
ペンローズ博士は「以前の宇宙が加速度的に膨張したのだとしたら、現在の宇宙でインフレーションは必要ない」と言っている。
博士たちの論文がはやく精査されることを願うが、最後に共形サイクリック宇宙論を調べていて見つけた興味深い話を。
●Conformal cyclic cosmology(共形サイクリック宇宙論wiki)より
2015年にグルザディアン博士とペンローズ博士は、宇宙にたくさん星は存在するのに、なぜわれわれはまだ地球外生命体と交信できてないのかという「フェルミのパラドックス」について議論した。
共形サイクリック宇宙論によれば、CMBは、過去の宇宙から現在の宇宙へとあらゆる情報を伝達できる可能性を秘めている。
この情報には、パンスペルミア説(生命の起源は他の星から飛来した隕石に付着してきたという胚種広布説)の知的信号も含まれる。
われわれ人類の生命の起源は、ビッグバン以前の宇宙にあるのかもしれない。