2018/9/7
「時間や宇宙の仕組み」、「われわれの運命はどうやって決まるのか」、そして「過去が変わる可能性」を考察する2回目。
今回はいっきにスケールを小さくして、ミクロの世界から考えていく。
われわれの身体はたくさんの細胞が集まってできている。
細胞は分子から、分子は原子から、原子は原子核と電子から、原子核は陽子と中性子から・・・とどんどん小さくしていくと、最終的に量子というミクロの単位になる。
この量子の分野を研究する学問を量子力学という。
前回紹介した宇宙のようなマクロのスケールを研究する相対性理論とは対照的だ。
この量子力学の世界では、マクロの世界では起こらないさまざまな奇妙な現象が起こる。
その1つが量子は、粒子と波の2つの性質をもつことだ。
量子は普段は波のように空間に広がっており「ここにある」と場所を定めることができないが、観測されたとたんに粒子として1箇所に特定される。
波のような量子がいつ粒子として特定されるのかにはいろいろな解釈があるが、主流なのは、観測によって波として広がっていた量子が1点に収縮するという「コペンハーゲン解釈」である。
これに対し最近支持を広げているのが「多世界解釈」という考え方だ。
「多世界解釈」では、重なりあって広がった波をさまざまな可能性として考える。「コペンハーゲン解釈」とは異なり、この可能性は観測されても収縮することなく、そのままずっと残る。
観測者は方程式によって選択されたいずれかの可能性(世界という表現がわかりやすいかも)の中に属していく。
「多世界解釈」はその名前のせいか、観測するたびに世界が分裂していくイメージでよく誤解されるが、考案者のエヴェレット本来のアイデアは、宇宙という1つの器の中にたくさんの可能性がもともと詰まっていて、方程式によってその1つが選択されるというものだ。
われわれの運命を決める方程式は「シュレーディンガー方程式」という。
この方程式を考えたシュレーディンガーは猫を使った実験でも知られている。
中の見えない箱に1匹の猫と放射性物質、そして放射性物質が崩壊したら毒ガスが発生する装置を入れる。
放射性物質が崩壊すると中の猫は毒ガスによって死んでしまうが、いつ崩壊するかは確率的にしかわからないので、外からは猫が生きているのか死んでいるのかわからない。
つまり中の猫は箱を開けて確かめるまで、生死が重なった状態といえる。
多世界解釈では箱の中の猫は死んでいる状態(下図の青)と生きている状態(下図の赤)が重なったまま、シュレーディンガー方程式によってわれわれがどちらかの世界に属していくのだ。
シュレーディンガーは猫が嫌いでこんな残酷な実験を思いついたのではない(思考実験なので、あくまで想像上の実験だ)。
ミクロ世界(放射性物質の崩壊)での現象をマクロ世界の問題(猫の生死)として考えたのである。
※詳しくはこのサイトの「多世界解釈の勘違い」をご覧ください。
もう1つ、スティーブン・ホーキング博士のブラックホールの研究から発展した「ホログラフィー原理」をご紹介しよう。
ブラックホールに飲み込まれた情報はその体積(3次元)ではなく「事象の地平面」というブラックホールを包む表面積(2次元)に蓄えられる。
この考え方をもとに3次元の空間情報は1つ次元を少なくした2次元平面の情報として考えることができるというのが「ホログラフィー原理」だ。
キラキラ光る2次元の画像にレーザーをあてると3次元の像が浮かび上がるホログラムに例えて名付けられた。
※詳しくはこのサイトの「文系でもわかるホーキング博士の最後の論文解説(3)」か、今月号の雑誌「Newton(ニュートン)2018年10月号」の特集がわかりやすい。
このホログラフィー原理と多世界解釈や前回のスポットライト理論を組み合わせて考えれば、「時間」の正体が見えてくる。
●時間は流れない
●1つの宇宙の中に、たくさんの可能性として存在している
●その可能性はデジタルのような情報で、われわれの宇宙(3次元)の表面に2次元情報として蓄えられている
●その可能性はシュレーディンガー方程式(あるいはわれわれの意識)の選択によってスポットが当たり(スイッチがonになり)進んでいく
●ただしスポットが当たっていない(スイッチがoffのままの)可能性もずっと存在している
以上を図にしてみた。
空間軸は1つ減らしてx、yの2次元で書いている。奥行きに見えるのはt(時間軸)だ。
時間が進むごとに2次元の情報によって、3次元の宇宙が実在していく。
なお、ここで描かれた可能性はあくまで抽象的なデータなので、それぞれが順序よく並んでいる必要はない。
「0」と「1」というデジタルデータに前後左右という方向がないのと同様、本来時間=可能性に過去・現在・未来という順列はないのだ。
つまり時間の本質は連続的なものではなく、離散的なものだといえる。
※このテーマを小説にしたのがSF作家の小林泰三氏のデビュー作「酔歩する男」だ。読んでいただければあなたの時間感は必ず揺らぐだろう。小林泰三著「玩具修理者」に収録。
さて、まだ「過去が変わる可能性」を説明していない。
そのためにもう1つだけ、物理学の理論をご紹介したい。
物質の最小単位は粒子のような「点」ではなく、1本の振動する「ひも」だという超弦理論だ。
ひもには「閉じたひも」と「開いたひも」の2種類があり、この宇宙に存在する4つの力のうち「開いたひも」は電磁力と強い力(原子核を結びつける力)と弱い力(原子核を他の原子に変える力)に、「閉じたひも」は重力に相当する。
「閉じたひも」は次元の間を自由に移動できるが、「開いたひも」はブレーンという膜に両端がくっついていて離れることができない。
つまり重力だけが他の力と違って次元を自由に移動できる。
※超弦理論についてはこのサイトの「10次元をイラストにしてみた」(超弦理論も徹底解説)か「大栗先生の超弦理論入門 」が詳しい。
重力が次元を自由に動けることはわかったが、それが過去が変わることとどう関係するんだ?
さきほどご紹介した多世界解釈の考案者エヴェレットが書いた論文には「m」という関数が登場する。
エヴェレットはこのmを、可能性の「重み付け」として使っている。
起こりうる「世界の数」、わかりやすく言えばある事象の「起こりやすさ」だ。
シュレーディンガーの猫を使って下記の図で説明すると、赤色の世界が青色より多い、つまり猫が生きている世界の数が多ければ、猫が生きている確率が高くなる。
エヴェレット的に言えば、このm(世界数)が多いほど、勢いがあり、その属性の記憶をもったわれわれが多い、つまり歴史の主流になれるのだ。
ただし上の図では1つ1つの世界(可能性)をパイプのように一直線で描いているが、実際はホログラフィー原理のところで触れたように、この可能性は離散的なデータだ。
しかもこの可能性はミクロの領域にあるので、量子力学のもう1つの特徴、「ゆらぎ」の影響を受ける。
不確定性原理と言って、ミクロの領域はつねにあらゆるものが揺らいでいる。
だから何らかの影響で大きく揺さぶられれば、一度選ばれた可能性も揺らいでしまうかもしれない。
そうなれば、われわれは違う可能性に属してしまうだろう。
その影響を与えることができるのが、唯一次元を超えられる重力なのだ。
再びシュレーディンガーの猫で例えれば、重力波の影響で、猫が死んだ世界から、生きている世界へとわれわれの属する記憶が変化するかもしれないのだ。
それは自然発生することもあるし、(神の領域だが)人為的にコントロールできれば過去を意図的に変えることができるかもしれない。
いずれにしてもこのままでは都合よく理論を組み合わせて解釈しただけの、単なる妄想だ。
妄想を科学的な理論に変えるためには、観測や実験で実証するしかない。
実は最近、その足がかりとなりそうな現象を見つけた。
その現象の原因を観測できれば、「過去が変わる可能性」を実証できるかもしれない。
続きは次回で。