●「新しいワームホールが考案された!」(でもタイムトラベルは不可能?)
2017/11/10

 

タコイメージ

「量子力学ってどんなもの?」、「超ひも理論って何?」という方にはぴったりの本、「超ひも理論をパパに習ってみた」の著者で大阪大学大学院の理論物理学者、橋本幸士教授が、先日ツイッターでとても興味深い海外のニュースを紹介されていた。

●Newfound Wormhole Allows Information to Escape Black Holes
2017/10/23 Quanta Magazine(英語サイト)より


タイトルを訳すと「新発見のワームホールはブラックホールからの情報のエスケープを可能にする」!

「新発見のブラックホール」という言葉でとてもワクワクし、長文で苦労したがニュースの原文を読んでみた。
※ちなみに記事元の「Quanta Magazine」は数学、理論物理学、コンピュータ科学、基礎生命科学を扱うサイエンス・オンラインマガジン。

その結果「新発見のワームホール」は、このサイトの「キップ・ソーン博士のタイムマシンが実現?(1)」「キップ・ソーン博士のタイムマシンが実現?(2)」で紹介した、2013年に発表されたマルダセナ博士とサスキンド博士の論文がベースとなっていることがわかった。

前回の記事とかぶる箇所(ブラックホールのファイアウォール・パラドックスなど)は極力省略し、「Quanta Magazine」の記事を要約していく。



重力波の観測に貢献したとして2017年度のノーベル物理学賞を受賞したカルフォルニア工科大学のキップ・ソーン博士は、ワームホールの考案者としても知られている。
ワームホールとは離れた宇宙を結ぶトンネルのことで、このワームホールを通ることにより2つの宇宙間を瞬間移動できる。
しかしソーン博士のワームホールはトンネルを維持するために「エキゾチック物質」という負のエネルギーをもった未知の物質が必要だった。

ソーン博士がワームホールを思いついてから数十年後の2016年、ハーバード大学のピン・ガオ博士とダニエル・ジェフリー博士、そしてスタンフォード大学のアーロン・ウォール博士の3名によって発表された新しいワームホールは、量子的なもつれによってペアになったブラックホールをその入口にすることで、「エキゾチック物質」がなくても通行可能なワームホールを作ることができるという。

ガオ、ジェフリー、ウォールの3人の博士によれば、新しいワームホールのプロセスは、「量子的なつながりをもった粒子のペアの情報がどんなに離れていても瞬間的に伝わる」という量子テレポーテーションのプロセスと数学的に等しいという。

●どうやって通行可能なワームホールを作るのか?
新しいワームホールのプロセスはこうだ。

1.ブラックホールを入口としたワームホールが離れた2つの宇宙をつなげている。

2.今までのブラックホールならば、それ自身がワームホールの通路を引きつけてしまうため、切断される。

3.お互いのブラックホールに量子的なもつれがあると通路の崩壊が阻止され、ワームホールを通過して何かを送ることが可能になる。

新しいワームホールが生まれたきっかけは、ジェフリー博士が参加した2013年に韓国で開催された会議だった。
この会議でプリンストン高等研究所の物理学教授ユアン・マルダセナ博士は、「ER(アインシュタイン・ローゼン・ブリッジ)」と呼ばれる離れた時空を結ぶワームホールは、「EPR(アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼン)」と呼ばれる量子エンタングルメントと同等であるという講演をした。

量子エンタングルメントとは、もつれ状態にある粒子ペアの情報が光速度を超えて瞬時に伝わる性質であり、かつてのアインシュタンが光速度を超えるものないという特殊相対性理論に反する性質として「気味の悪い遠隔作用」と批判したものだ。

2013年にマルダセナ博士とスタンフォード大学のレオナルド・サスキンド博士によって提唱されたこの「ER=EPR」理論は、もともと量子エンタングルメントによって引き起こされるブラックホールの情報パラドックスを解決するためのものだ。

ブラックホールの情報パラドックスとは、ブラックホールに落ちた物質の情報は消滅してしまが、これはもつれた粒子の情報は決して失われることはないという量子力学のユニタリー性に反する。

カリフォルニア大学ジョセフ・ポルチンスキー博士によれば、1974年にホーキング博士が発表したブラックホールは熱的な放射「ホーキング放射」により、情報はブラックホールの外へ再び放射されるという。

「ER=EPR」理論によって提起された「時空のトンネル」と「量子もつれ」の関係は、「空間が本質的に量子もつれによってつながっている」という最近一般的にも信じられるようになってきた考え方だとマルダセナ博士とジェフリー博士は共感しあった。

韓国の会議から3年後の2016年、ジェフリー、ガオ、ウォールの3人の博士は、今までの「ワームホールともつれた粒子のペア」ではなく、「通行可能なワームホールと量子テレポーテーション」を同等に考えることで「ER = EPR」理論を拡張させた。

マルダセナ博士はジェフリー=ガオ=ウォールの論文を読んだとき、このアイデアに興味をもち、ダグラス・スタンフォード博士とジンビン・ヤン博士と共同して、すぐにブラックホールの情報パラドックスに関する新しいワームホールの効果を探求し、マルダセナ=スタンフォード=ヤンの論文として4月に発表した。
その3か月後、サスキンド博士とスタンフォード大学のイング・ツァオ博士は、ワームホールテレポーテーションに関する論文を7月に発表した。

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2013年のマルダセナ博士とサスキンド博士の「ER = EPR」理論を元に、ジェフリー、ガオ、ウォールの3人の博士が「量子テレポーテーションをベースにしたワームホール」を考案し、さらにマルダセナ博士やサスキンド博士がその「新しいワームホール」を補完する論文を矢継ぎ早に発表したというニュースだが、読み進めていくうちショックな一文を見つけた。

The quantum-teleportation format precludes using these traversable wormholes as time machines.

訳すと「この新しいワームホールは、量子テレポーテーションのフォーマットによりタイムマシンとして使うことはできない」という。

・・・・・・・・。

えええええええええええ!


かなり落ち込んでしまったが、これはどういうことなのか?

まずベースとなった量子テレポーテーションをあらためて説明してみる。

量子テレポーテーション
量子テレポーテーション

アリスは量子ビットqをボブにテレポートしたいと思っている

①アリスとボブは、それぞれに、もつれた粒子aとbをもっている。

②アリスは、あらたに量子ビットqをaともつれ状態にする。

③アリスがボブに測定結果の暗号キーを送る。

④ボブがアリスから送ってもらった暗号キーをもとにbを解読すると、量子ビットqが再現される。

ここで図の赤い矢印→は瞬間的に伝わるが、解読には青い矢印→のプロセスが必要なことに注意して欲しい。



次に新しいワームホールによるテレポーテーションを解説しよう。

もつれたワームホールのテレポーテーション
もつれたワームホールのテレポーテーション


①アリスのいる宇宙とボブのいる宇宙をつなぐ、もつれたワームホールを準備する。

②アリスのいる宇宙のブラックホールAの入口に、送りたい量子ビットqを放り込む。

③ブラックホールAから放射されたホーキング粒子aをアリスが測定。

④その測定結果をボブへ送る。

⑤測定結果を受け取ったボブはブラックホールBから放射されたホーキング粒子bを測定。

⑥ボブの操作によりブラックホールBから量子ビットqが再現される。量子ビットqはAに放り込まれたqと完全に一致している。

つまり、ここでも赤い矢印→のプロセスは瞬間的だが、青い矢印→の測定結果を送るプロセスには何らかの伝達手段による時間を要することだ。

ワームホールで何かを送ろうとすれば、アリスのメッセージが離れた宇宙にいるボブへ届くまで、ボブのブラックホールからそれが出ることはできない。

つまり、量子テレポーテーションをベースにしたワームホールでは、光速を超えて瞬間的に情報や物質を送ることはできないのだ。

それはつまり「キップ・ソーン博士のタイムマシンが実現?(1)」で考えていたようなワームホールを使ってタイムトラベルすることは不可能なことを意味する。

ジェフリー、ガオ、ウォールの3人の博士によれば、この事実によって新しいワームホールの存在はタイムトラベル・パラドックスを考えることなく存在が許されるという。

3人の博士からすればそれでよいのかもしれないが、なんだかな・・・。

気を取り直して要約を続ける。

マルダセナ博士とサスキンド博士の「ER = EPR」理論の論文には、「タコ」がスケッチされている。

ER=EPR entanglement octopus picture
ER=EPR entanglement octopus picture

実際の論文に描かれたタコ(Quanta Magazineの記事参照)はもう少しシンプルだが、足が7本しかなかったのが気に入らず、このイラストは私(BTTP)があらたに書き起こしたものだ。ブラックホールの内側から外側のホーキング放射へとのびる複数のワームホールをタコの足に見立てている。

いや待て! こんなタコの絵を書き直すことよりも、量子テレポーテーションの青い矢印→のプロセスを省略する方法を考えることが、タイムトラベル的には大事なことではないか?

科学者の皆さん、よろしくお願いします!