●「時間の逆転が量子コンピュータで実現」(過去へのタイムトラベルが可能になる?)

2019/3/17

 

悪魔とタイムマシンイメージ

先日このサイトのテーマである「タイムトラベル」にとって、とても気になるニュースが報じられた。

 

●「時間の逆転」を量子コンピュータで実現!「マクスウェルの悪魔マシン」が誕生か?

2019/03/14  Nazolozyより

 

なんと量子コンピュータで「時間の逆転」が実現されたというのである。

 

この研究成果はそのまま「過去へのタイムトラベルの実現」につながるのか?

 

なるべく詳しく、そしてわかりやすく考察していきたい。

 

 

今回の研究成果は、ゴーディ・レスコビク博士をはじめとするモスクワ物理工科大学(MIPT)の研究チームと、スイスやアメリカの共同研究者によって報告された。

 

●Arrow of Time and its Reversal on IBM Quantum Computer

(IBM量子コンピュータ上でシミュレートされた時間の矢とその逆転)

2019/3/13 Scientific Reportsより

 

レスコビク博士によると、今回の研究は昨年12月に発表した「熱力学の第二法則」を破ることのできる「マクスウェルの悪魔」というマシンを使った実験から発展したものだという。

 

●Extended quantum Maxwell demon acting over macroscopic distances

(マクロの距離で作用する拡張された量子的マクスウェルの悪魔)

2018/12/4 Physical Review Bより

 

 

「マクスウェルの悪魔」「熱力学第二法則」など、小難しいキーワードが出てきたので1つずつ説明していこう。

 

コーヒーに牛乳を注ぐと簡単にコーヒー牛乳が作れるが、コーヒー牛乳をコーヒーと牛乳に分けるのは至難の業だ。

また温かいコーヒーを冷たい部屋において置くと次第に冷めていくが、冷たい部屋にあったコーヒーが勝手に温まることはない。

 

この「エネルギーの方向性」や「不可逆性」を説明した法則が「熱力学第二法則」だ。

 

熱いものは次第に冷めていくとか、整理されたものは次第に散らばっていくという方向性を「エントロピーが増大」すると言い、逆に乱雑なものが勝手に整理整頓されるという「エントロピーの減少」はこの世界では起こらないとされている。

エントロピーとは「乱雑さ」の意味。

※エントロピーの増大や減少は孤立した系(隔離された集団)を前提としている。

 

 

19世紀の物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルはこの「熱力学第二法則」を何とか破ることはできないかと考えた。

 

マクスウェルは同じ温度で保たれた2つの部屋があり、その部屋を仕切る壁に特殊能力で自由に穴を開けたり閉じたりできる悪魔を仮定した。

「マクスウェルの悪魔」の説明1

この悪魔にはもう1つ特殊能力があり、分子の速さが見えるとする。

 

部屋が暖かいということはつまり部屋の中の空気の分子が速く運動しているということであり、逆に寒いということは分子の速度が遅いということだ。

 

この悪魔は特殊能力を使って、速い分子を左の部屋へ、遅い分子を右の部屋へ、穴を自由に開閉させることで集めていく。

 

「マクスウェルの悪魔」の説明2

すると左の部屋はどんどん暖かくなり、右の部屋はどんどん冷えていき、この世界では勝手には起こらないとされたエントロピーが減少し、「熱力学第二法則」を破ることができるのではないかとマクスウェルは考えた。

 

 

その後、この悪魔が特殊能力を使った後はいったん情報を初期化する必要があり、その際にエネルギーを必要とするので、マクスウェルの悪魔の実験はこの世界では実現できないとされた。

 

しかし2010年に中央大学と東京大学が共同で「情報をエネルギーに変える」というマクスウェルの悪魔と同等の操作を実現したと発表。

 

●情報をエネルギーに変換することに成功!

2010/11/15 東京大学プレスリリースより

 

その後も世界中で研究が続けられており、今回のモスクワ物理工科大学(MIPT)の研究もその中の1つだ。

 

MIPTのマシンは、「量子ビット」のエネルギーを変えずに、量子力学にとっては1~5メートルという巨大なマクロの距離を越えて作用できるのが特徴だ。

 

これまでに研究された「量子的なマクスウェルの悪魔」の装置は、非常に限られたミクロの距離でしか作用できなかった。

 

ちなみに「量子ビット」とは量子コンピュータで使われる情報単位で、通常のコンピュータの情報単位「ビット」・・・つまり「0」と「1」以外に、その両方の「重ね合わせ」の状態を表現できる。

 

ただしこの「重ね合わせ」の状態は非常にデリケートであり、なるべくマシンを量子コンピュータから放して干渉を避けることが重要なので、マクロ的な離れた距離からターゲットの量子ビットに作用できるというのは画期的なことなのだ。

 

 

MIPTの研究チームは、この「マクスウェルの悪魔」のマシンを使って人為的にエントロピーが減少する状態を作成し、量子コンピュータの状態を1秒の何分の1か過去に戻した。

 

 

ここで重要なのは、物理法則のほとんどは過去と未来を区別しないことだ。

 

例えばビリヤードでピラミッドに並べられた9つのボールをキューで打って散らばった映像をカメラで撮影したとする。

その映像を逆に再生した場合でも、数式では同じ式で表すことができる。

 

このサイトの「反粒子を使ったタイムトラベル」でも説明しているように、ミクロな量子の世界でも同じことが言える。

アメリカの物理学者ファインマンが量子の世界を表現したファインマン図を見てもらえればわかりやすいだろう。

 

次の図は電子とその反粒子である陽電子が反応する過程を表わしてる。縦軸は時間で、横軸は空間だ。

 

ファインマン図1

この図は電子(正粒子)と陽電子(反粒子)がぶつかって対消滅し、光子(ガンマ線)が放出される様子を表している。

 

この図は次のように書き換えることができる。

ファインマン図2

未来からやってきた光子が過去から来た電子とぶつかり、電子が向きを変えて未来から過去へとさかのぼっていく様子ともとらえることができるのだ。

 

しかし、これがマクロな自然界となると事情は変わる。

キューボールによって崩された9つのボールが勝手に元のピラミッドの形に戻ることはなく、マクロな世界では熱力学第二法則が正常に働く。

 

 

MIPTの研究チームは今回の実験で、空間の中で孤立した電子を仮定した。

 

最初は電子が局在化している(一部に偏って集まっている)とする。

ただし量子力学の法則(ハイゼンベルクの不確定性原理)により絶対的な精度でその位置を知ることはできない。

 

量子状態からの移行はシュレーディンガー方程式によって支配され、電子は波のように散らばっていく。

 

しかし、シュレーディンガーの方程式も可逆だ(逆から計算できるという意味)。

 

同じ時間をかけて、電子は空間の中の元の偏った小さな領域に局在化する。

 

この現象は自然界ではめったに観察されないが、理論的には宇宙に広がる宇宙マイクロ波背景放射のランダムな変動によって起こる可能性がある。

 

研究チームによればその可能性は、毎秒100億の新たな電子が観測されている宇宙でさえ、宇宙誕生から137億年のうちに一度だけ起こるぐらいの低確率だ。

 

だからビリヤードボールがピラミッドの形に戻るようなマクロ的な現象は、さらにはるかな時間スケールを必要とし、これはわれわれの生きているマクロの世界では時間逆転が勝手には起こらない理由になる。

 

 

研究チームは次の4段階で時間を逆転させることにチャレンジした。

電子の代わりに量子ビットを使い、2つの量子ビットと3つの量子ビットのケースで量子コンピュータを観察した。

時間逆転実験1
ステージ1

それぞれの量子ビットは「0」として示される基底状態(エネルギーの最も低い状態)に初期化されている。

この秩序の高い状態は、空間の小さな領域で局在している電子に対応する。

時間逆転実験2
ステージ2

電子が空間の広い領域に広がり秩序は失われる。

量子ビットの状態は「0」と「1」とが混在した複雑なパターンに変化する。

時間逆転実験3
ステージ3

特別なプログラムを実行させ、混沌から秩序に向かって「過去」へ進むように量子コンピュータの状態を修正させる。

この操作は電子がランダムな宇宙マイクロ波背景放射によって未来から過去へ進む様子をシミュレーションしている。

時間逆転実験4
ステージ4

プログラムによって散乱した状態から秩序をもった元の局在した状態へ巻き戻される。

 

 

ステージ1から4までをGIFアニメにしてみた。

時間逆転実験アニメ
時間逆転実験アニメ

 

 

2つの量子ビットで実験した場合、「時間の逆転」が成功する確率は85%だった。

3つの量子ビットで実験すると、エラーの発生が増えたため成功率は50%に下がった。

 

これらのエラーは量子コンピュータの不完全性によるもので、より高度なマシンを設計すれば成功率は高くなると予想される。

 

 

レスコビク博士によれば、この研究成果から、人間を乗せて過去に戻るようなタイムマシンを作ることはできないが、時間反転アルゴリズムを使って量子プログラムを検証することが可能になるという。

 

量子コンピュータでは非常にデリケートな量子の重ね合わせを利用しているので、それが本当に望ましい計算結果を出したのかを検証することが難しい。

 

コンピュータが実際に正しい計算を行った場合に限り、計算状態を時間反転させて初期状態に戻せば重ね合わせがない。

つまり、初期状態を観察することで計算が正しく実行されたかどうか簡単に検証できる。

 

時間反転アルゴリズムを利用すれば、将来的には量子コンピュータ用に書かれたプログラムのノイズやエラーを除去することが可能になる。

 

 

以上から、残念ながら「時間の逆転」が可能なのは量子的なミクロの世界だけで、われわれが住むマクロの世界で時間を戻すことは不可能なようだ。

 

もし仮に「時間の逆転」が可能だとしても、こぼれた牛乳がコップへと返り、にわとりはひよこから卵へ還り、死んだ人が生き返って赤ちゃんへと縮んでいく。

 

もっと具体的に描けば、死者のぼろぼろになった骨がくっつき、内側から内臓がうごめき肉と皮膚が再生され・・・という想像したくもないわれわれ人間には生存不可能な世界なのだ。

 

 

ならばミクロな量子データならどうか? 例えばAIのような情報で構成された存在ならば過去に戻れるかもしれない。

 

いつの日か人類の知能を追い越してシンギュラリティを達成した未来のAIが、過去に自身を巻き戻してこの時代でシンギュラリティを起こす・・・と思ったが、この研究に基づくと初期化してしまい不可能なようだ。

 

やはりタイムトラベルはそんなに簡単ではない。