2016/8/19初稿
2018/8/20一部リライト
「過去を変える方法」でも簡単にご紹介している「スポットライト理論」。
このサイトのテーマであるタイムトラベルにおいて避けられない命題「時間とは何だ?」を検討する上で、時間についての斬新なアイデアを与えてくれる理論だ。
今回は「スポットライト理論」の提唱者、マサチューセッツ工科大学の哲学教授ブラッドフォード・スコウ博士の論文「Relativity and the Moving Spotlight」(相対性理論とスポットライト理論/2009年)を中心に考察していく。
この論文は相反する相対性理論とスポットライト理論との対応が検討されている。
スポットライト理論は「過去・現在・未来が同時に存在し、スポットライトの照らす現在がその空間を移動していく」という理論だ。
しかし「過去・現在・未来」という絶対的な時間で考えるスポットライト理論と、相対的な時間の相対性理論とでは互換性がなかった。
もともとスポットライト理論は、哲学的な時間の考え方であるA系列の1種だ。
イギリスの哲学者マクタガートは1908年に発表した論文で、時間をA系列とB系列という2種類に区別した。
A系列の時間は、「過去-現在-未来」を「現在」を基準にとらえる。「現在」は固定されたものではなく、かつて未来だったものが現在へと変化し、現在は過去へと変化していく。
B系列の時間は、「○は×より前」とか「×は○より後」という前後関係でとらえる。2つ以上の関係がなければ成り立たない。
マクタガートによると時間の本質は「変化」であり、変化でとらえるA系列こそが時間の本質だという。
ちなみにB系列は2つの「順序」の相関関係であり、「前」と「後」は変化しない固定的なものだから時間の本質ではない。
もっと言えば、B系列の時間は「順序」+「時間」で構成されており、この「時間」がA系列にあたり、「順序」には新たにC系列という名前をつけて、イ・ロ・ハのような単なる順序や秩序の組み合わせととらえた。
そしてB系列(前後関係)=C系列(順序)+A系列(時間)という式が成り立つ。
しかし後にマクタガートは、A系列は時間の本質であるものの、「過去・現在・未来」という3つの特性を同時にもたなければならず、この3つの特性が「変化」するためには互いに排他的でなければならない。
同時にもつべきなのに排他的とはこれいかに?・・・という矛盾を発見した。
けっきょく最後に「時間なんてものは存在しない。人が勝手に作った概念だ」と主張した。だからこの論文のタイトルは「時間の非実在性」という。
マクタガートさん、ほんとうにややこしい。
さてスポットライト理論に話を戻そう。
スポットライト理論の属するA系列は、「その瞬間にしか時間は存在せず、現在のみが実在する」という「現在主義」を取り入れており、「それぞれの時間は相対的なものである」という相対性理論と矛盾してしまう。
相対性理論では、例えばあなたが友達とおしゃべりしているとき、目の前の友達と「今」という時間を共有しているつもりでも、実際には共有していない。
あなたが話しかけている目の前の友達とあなたの時間は厳密にはわずかにずれている。まったく同時にやりとりすることはできないのだ。
相対性理論が導入される前の古典的時空では、空間と時間は絶対的なものだった。
時空のポイントとその瞬間のポイントは同時に存在しており、スポットライトが「過去」・「現在」・「未来」を移動するとき、その照らす先は下図のように宇宙全体をとらえればよかった。
しかし相対性理論の4次元時空では時間と空間は絶対ではなく相対的なものものなので、時空のある場所やある瞬間は同時には存在することができない。
「古典的スポットライト理論」ではスポットライトは存在するすべての人を照らすが、「相対論的スポットライト理論」ではたった1人のステージを照らすのみだ。
古典的スポットライト理論では、スポットライトは宇宙全体を照らし、過去の宇宙→現在の宇宙→未来の宇宙と移動していく。
対して相対論的スポットライト理論では下図のように、過去のあなた→現在のあなた→未来のあなたをスポットライトが移動していくのだ。
※スコウ博士はこれを「ワールドチューブ(worldtube)」と呼んでいる。
スコウ博士はもともと相対論と矛盾するスポットライト理論を、相対的な考え方を導入することで、互換性を持たせることに成功したのである。
さてこの論文で注目すべき点はそれだけではない。論文の最後に「パラレル」という表現が登場し、スポットが当たっていない時空上のポイントも可能性として存在していることが示されている。
これはまさしく「もっともお手軽な過去を変える方法(2)」で紹介したパラレルワールドを示唆しているように思える。
さらにスポットライトが照らしているのは人々の小さな「脳」の中の領域だと説明しており、スポットライトを移動させるのは人々の意識かもしれないと受け取れる。
この主張は作家の橋元淳一郎氏が「時間はどこで生まれるのか」(橋元淳一郎著)の中で提示している「エントロピー増大の法則という自然現象に逆らって秩序を維持しようとする生物の意思が、時間の観念を生む」という考え方とも似ている。
「時間の矢」という過去から未来へ向かう方向性を作り出しているのは「人の意識」なのかもしれない。