●意識を生み出す2つの理論「GNW」と「統合情報理論」

2019/1/18

 

「GNW」と「統合情報理論」イメージ

われわれが自由意志や自我と呼んでいる「わたし」という主観的な意識とは何か?

 

「わたし」はどこでどのように生まれるのか?

 

前回は現代科学で「わたし」という意識が脳のどこで生まれるのかを考察した。

 

その結果、意識は前頭葉や後頭葉などの特定の部分ではなく、大脳全体のネットワークによって生み出される可能性が高いことがわかった。

 

この新しい考え方は、「GNW」「統合情報理論」という2つの異なる理論によって提唱されている。

 

今回は脳に関するこの2つの理論を考察し、「わたし」という意識がどのように生まれるのかを考える。

 

前回に引き続き、「孤独と共感 脳科学で知る心の世界 (別冊日経サイエンス)」 の神経科学者クリストフ・コッホによる「意識とは何か」という記事を主に参考にした。

※その他に参考にした本やWEBサイトは最後にまとめて掲載している。

 

 

●GNW(Global Neuronal Workspace)

1つ目は心理学者のバーナード・ベアーズや神経科学者のスタニスラス・ドゥアンヌ、ジャン・ピエール・チェンジュが提唱する「GNW(グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論)」だ。

 

簡単に言えば、あなたが何かを意識するときは脳のさまざまな部分がその情報にアクセスしようとするが、あなたが無意識のときに感じた情報は限られた場所に局在しているという理論だ。 

グローバル・ニューロナル・ワークスペース(GNW)のイメージ
グローバル・ニューロナル・ワークスペース(GNW)のイメージ

瞬間的な短期記憶のような無意識のときに処理される情報は、限られた場所「ワークスペース」にとどまっているが、いったん注意が向けられるとさまざまな情報が自由にアクセスできる広大な「グローバル・ワークスペース」に入り、長期記憶や抽象的な思考になるという。

 

グローバル・ワークスペースは前頭葉や頭頂葉を中心としたニューロン集団によって構成されており、感覚器からの情報がグローバル・ワークスペース全体に広まったときに意識が生じると考えられている。

 

GNWは、初期のAI(人工知能)のように専門化されたプログラム(限定されたワークスペース)では瞬時に少しの情報しか知ることができないが、広範囲にアクセスできる巨大なネットワーク(広いグローバル・ワークスペース)ならば、情報は意識として浮かびあがるという。

 

GNWによれば現在のAIではこのレベルにはまだまだ達していないが、未来の高度に発達したAIは意識をもつと予測する。

 

 

●IIT(Integrated Information Theory)

2つ目の「統合情報理論」は精神科医で神経科学者のジュリオ・トノーニをはじめとして、クリストフ・コッホなどの共同研究者によって開発された。

 

統合情報理論「わたし」という主観的な意識は、その意識が体験する身体の所有者としてのみ存在するという考え方からスタートし、主観的に人々が体験する情報が統合されてはじめて意識が芽生えるという理論。

 

例えば、あなたが晴れた日に公園のベンチに座り、子供たちが遊んでいる姿を目で見て笑い声を耳で聞いたからこそ、「あなた」という意識が浮かび上がるというのだ。

 

あなたがした体験は「あなた」に固有のもので、「あなた」だけが保有することができ、切り離すことはできない。

 

さらにトノーニによれば、意識が生まれるためには、原因と結果が構造化されて相互に接続された複雑な関係が必要だという。

 

例えば小脳はそのメカニズムが統合と複雑さに欠けるので意識が生じない。意識は、大脳のような複雑なメカニズムによって生じる固有の因果関係なのだ。

 

統合情報理論では意識を生み出すこの相互接続の複雑さΦ(ファイ)という数値で定量化する。

Φが0のとき意識は生まれず、Φが大きくなるほどシステムが持つ固有の因果関係が強くなり意識が強くなる。

 

人間の脳は鳥や犬に比べてはるかに巨大なシステムで相互に複雑に接続されており、非常に高いΦの数値をもっている。だから意識が強い。

統合情報理論(IIT)のイメージ
統合情報理論(IIT)のイメージ

統合情報理論前回にご紹介した「ZAP&ZIP法」がなぜ機能するのかを説明する。

 

植物状態の患者に意識が戻らないのは情報の統合が失われているためだ。

 

てんかん発作の治療ために左右の脳をつなぐ脳梁を切り離す手術を行うことがあるが(分離脳手術)、術後の患者に2つの意識があらわれることがある。

これは分離された左右の脳がそれぞれに情報の統合を行ったため、左右の脳に独立した意識が芽生えたと考えることができる。

 

「zap&zip法」が測定するのはΦの簡略化された数値なのだ。

 

統合情報理論によれば、たとえAIが高度に発達したとしても、意識は生まれないと予測する。

 

コンピュータ上でブラックホールを完璧にシミュレーションできたとしても、そのコンピュータの周りで時空が曲がり実際にブラックホールが発生することはない。

 

「意識はそのシステムの構造に組み込まれて生まれるもので、計算では作り出すことができない」というのが統合情報理論の主張だ。

 

 

●結論

「GNW」「統合情報理論」という最新の脳科学でどのように意識が生まれるかを考えてきたが、どちらの理論が正しいかはまだわからない。

 

もともと「タイムリープ」という意識が肉体と分かれて時間移動する現象の可能性を検証するためにはじめた今回の考察だが、将来進化したAIが「GNW」に従って意識をもつようなことがあれば、脳が「わたし」という意識をすべて作り出していることが実証され、タイムリープという現象は否定される。

 

反対に「統合情報理論」が正しければAIはいつまでたっても意識をもつことができず、意識は大脳のような高いΦをもつ人間にしか生まれないものだということが証明される。

 

統合情報理論の証明がタイムリープの証明に直接つながるわけではないが(統合情報理論はわれわれの精神と肉体が分かれて存在できることを保証しない)、タイムリープという現象の否定は回避される。

 

その可能性がほんの少しでも残っているのなら、これからもタイムリープの考察を続けていきたい。

 

 

【参考にした本】

「孤独と共感 脳科学で知る心の世界 (別冊日経サイエンス)」

本文中で紹介したコッホの記事が掲載されている。

 

「意識と脳――思考はいかにコード化されるか」

「GNW」の提唱者の一人、認知神経科学者のスタニスラス・ドゥアンヌ博士の本。

  

「意識の統合情報理論」

 トノーニ博士の著書で「統合情報理論」がどのような理論かを知るには最適。

 

【参考にしたWEBサイト】

●「意識」脳科学辞典より

脳科学的な意識の理論として「GNW」と「統合情報理論」の概略が解説されている。

 

●「統合情報理論」Scholarpediaより

英語だがΦの導出や用語解説など「統合情報理論」のデータが充実している。