●「梯子の物語②」(ドトールの女性)

2021/5/22

 

梯子の物語2イメージ

 

前回に続き、2000年代にネット掲示板で話題になった都市伝説「梯子の物語」を紹介する。

 

その前に、前回の話を簡単に。

 

2008年9月のある雨の夜、青年がコンビニで、岡田真澄似の紳士から不思議なメモピアスを受け取った。

メモのイメージ(表)
メモのイメージ(表)

メモには暗号のような文章と、2009年1月2日に神社である女性と会い、ピアスを渡してほしいというメッセージが書かれていた。

文章の意味を知りたかった青年がメモの内容を2ちゃんねるにアップすると、掲示板の参加者からさまざまな意見が集まった。

その後、妹が深刻な事故にあったり、迷子の子供を保護したり、亡くなったはずの両親が写った写真を受け取ったりと、おかしなことが続いた。

そして、いよいよ不可思議な出来事が青年の身に起こる・・・。

 

 

●動画(YouTube)はこちらから↓ 

 

 

謎の女性とドトールコーヒーへ

梯子は亡くなったはずの両親が写った写真を、妹には見せなかった。

「梯子」とは、青年が掲示板で呼ばれていた愛称のこと。

 

梯子は、事故にあったばかりの妹に、よけいな心配をかけたくなかった。

 

それから数日後、歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。

振り向くと、とてもきれいなスーツの女性が立っていた。

シルバーの、ジュラルミンケースのようなバッグを肩から下げている。

歳は梯子より上か、妹と同じぐらいにも見えた。

 

女性に見覚えはなく、どうして自分を知っているのか?とたずねると、

「あなたは私に会うのは初めてだけれど、私はあなたのことをよく知っています」と言い、少し悲しそうな顔をした。

 

「メモの紳士の仲間?」、それとも「宗教の勧誘?」と思った梯子は、おかしなことが続きナーバスになっていたせいもあり、

 

「悪趣味な写真を渡したのも、あなたたちの仕業ですか!」と声を荒げた。

 

女性は目を丸くして驚き、「ありえない…、ここまで…」とつぶやき、「今起きていることを説明したいから、喫茶店に行きましょう」と言った。

 

梯子は最初ためらったが、少しでも情報が欲しいという欲求が勝ち、2人で近くのドトールコーヒーに入った。

 

 

停点理論

スーツの女性は、店に入ると、注文もせずに席についた。

 

梯子が不思議に思って彼女のほうを見ていると、不安げにこちらへやってきて、

「なぜ席に座らないんですか?」とたずねた。

 

「注文しないんですか?」と聞くと、「え?」という顔をしたので、梯子はコーヒーを2つ買って、席に座った。

彼女が着ていたスーツは11月なのに薄手で、「寒いってすごいですね」と変なことも言っていた。

 

女性はコーヒーを一口飲むと、写真を見せて欲しいと言った。

 

梯子は、妹も写っている写真を見ず知らずの女性に見せたくなく、

「まずそちらから知っていることを話してください」と頼んだ。

 

スーツの女性は、梯子の今朝からの行動、会社に出社して早退し、銀行によって女性に出会うまでを、見ていたかのように話した。

 

ずっと後をつけていたのかと聞くと、「可能性の問題」だと。

 

彼女はもっていたジュラルミンケースから、何かの設計図が書かれた紙を取り出し、「これがなんだかわかりますか?」とたずねた。

 

梯子は、やはり宗教の勧誘かと思って、「あなたの信仰しているものに興味はないです」と答えると、

 

「宗教じゃありません。でも、あなたに接触してきた人たちは、ある種、狂信的な考えのグループです」と告げた。

 

岡田真澄似の紳士はそのグループの一員で、写真にはありえないはずの光景が写っていたはずだと。

 

確かに、亡くなったはずの両親が、歳をとって写っていた。

ありえない写真のイメージ
ありえない写真のイメージ

スーツの女性は、写真以外にも、ある日時と場所で、誰かに会えと指示されたか?とか、物質的なものを渡されなかったか?と言った。

 

梯子は、2ちゃんねるの書き込みを見たのかとたずねたが、彼女はネット掲示板に直接アクセスすることはできず、あくまでも可能性から推測したと言った。

 

梯子がネット掲示板で相談することも、梯子の性格からわかっていたという。

 

スーツの女性は、梯子に「あなたは未来人のような概念を持っていますか?」と質問した。

 

「あなたが未来人だったら、僕はターミネーターの主人公ですね」とふざけて返すと、女性はまじめな顔で、

 

「未来も過去も現在も、自分という意識を座標の中心にすえた場合の考え方で、実際は存在していません。本当に存在しているのは数え切れないほどの、同時多発的な可能性だけです」

 

女性によれば、今この瞬間にも、15歳の梯子や40歳の梯子が存在していて、それはパラレルワールドや異世界のようなものではないと。

可能性が1つの方向にうねって集まり、大きな流れを生み出し、それが、人間が「歴史」とか「時間の流れ」と呼んでいるもの。

厳密に言えば、過去や未来を変えることはできない。

 

梯子が「同時多発的な可能性とは何ですか?」とたずねると、女性は「それが『停点』です」。

 

女性によれば、「停点」とは、この世界ではまだ発見されてない概念で、とても簡単に説明すると、映画のフィルムやアニメのセル画のようなもの

 

1枚1枚の静止画を組み合わせることで絵が動いているように見えるが、1枚だけでは動かない。

でも、その絵は、選択されなくても「停点」として存在している。

 

迷子の子供が残していった写真は、合成ではなく、1つの可能性の停点から引っ張ってきたもの

 

ただし、停点が物質として存在するためには、気が遠くなるような過程が必要になる。

しかも停点が停点でなくなったとき、膨大なエネルギーが発生する。

 

女性は「写真のほかに渡されたもの、メモやピアスが存在することの意味がわかりますか?」と、梯子にたずねた。

 

梯子が答えられずにいると、それらが停点という可能性ではなく、物質としてこの世界に現れたということだと。

 

「でも・・・、そうやって停点だったものを現実にできるのなら、過去や未来も変えられるんじゃないですか?」と梯子が質問すると、

 

この宇宙が誕生したとき、われわれが歴史や時間の流れと呼ぶものの編集は完了した。だから過去や未来を変えることはできない

 

スーツの女性によると、宇宙がはじまった時にできた無限の数の停点の中で、ある停点同士をつないだ線が「時間の流れ」

でもこの時間の流れは、彼女の世界でも詳しくわかっておらず、科学者たちは「クロノスの不在」と呼んでいる。

 

選ばれなかった停点でも時間の流れは作れるけど、それは途切れ途切れの偽物で、あまったフィルムで作った起承転結のない、できそこないの映画のようなもの。

 

はじまりや終わりがわからないほど長い線の横に、あまりもののフィルムでつくった短い線を作ったとする。

それは、はじまりと終わりははっきりしているが、永遠に完成することのない世界だと。

 

梯子は、すぐには理解できず、黙ったまま考え込んでいた。

 

スーツの女性は「本当はこういうことがバレたらクビなんですけど・・・」言って、ポケットから、プレパラートを大きくしたようなガラスの板と、鋭い針のようなものを取り出した。針でガラス板をつつくと、板が2枚に分かれた。

 

「ちょっと調子が悪いんです」と彼女が言ったとき、梯子の耳に、激しい耳鳴りのようなキーンという音が響いた。

頭がぐわんと1回大きく揺すぶられ、視界が何重にも重なって見えた。

 

気がつくと、いままで混雑していた周囲が静寂につつまれ、ドトールの店内には、梯子とスーツの女性だけしかいなかった

 

何が起こったのか理解できず梯子が立ち上がろうとすると、再び店内に元の喧噪が戻った。

 

スーツの女性は「おわかりになりました?」と笑った。

 

梯子は頭の中が真っ白になり「何をしたんですか!」と聞くと、

 

あれも選ばれなかった1つの可能性です。このコーヒーショップには誰もいない可能性もあります。停点は無限に存在し、文字が一文字違ったり、空気中の粒子が1つだけ違っている停点もあります。意識をもった生命、たとえば植物や動物のような高度な意識を持たないものまで数えれば、きりがありません。だから、生命のいないシンプルな場所は、比較的探しやすいのです」

 

それからスーツの女性は、梯子が落ち着くのを待って、彼女のいた世界のいろいろな話をしてくれた。

さきほど説明した、あまったフィルムで作った偽物の世界に人が迷い込むことがあり、行方不明者が出ている。

 

地球外生命体はまだ見つかっていないが、応答のようなものはあった。

 

オーストラリアで羽の生えた人間が生まれた。

 

地震は90パーセントの確率で予測できる。

 

ある大国が、巨額の予算をつぎ込んで戦闘用の巨大ロボットを作ったが、役に立たず、国が傾きかけた…。

 

梯子は、あなたはやっぱり未来の世界から来たのか?と質問すると、そんなに単純ではないと答え、あいまいな笑顔を浮かべていた。

 

彼女によると、1つだけ確かなことがあって、先ほど説明した停点の研究で重要なポイントがある。

それが、メモに書かれていた2009年1月2日の時間と場所

 

その日、ブーツの女性は、神社で、ある人物に出会うことになっている

 

彼女がその人に出会ったことがきっかけで、あるドイツの青年が、めぐりめぐって停点の理論を発見する。ちなみに彼は、停点理論の他にも、コンドームやピルに代わる避妊の方法も発明する。

 

つまり、ブーツの彼女が神社でその人に出会わなければ、停点理論は発見されないか、発見されるとしてもずいぶん先になる。

 

岡田真澄似の紳士のグループは、その誰かの代わりに梯子をブーツの女性に合わせることで、停点理論の発見を無くそうとしている

 

もともとある1本の長い線が途中で切られ、彼らの都合のいいように編集された線とつなげられる。

それによって、飛躍的に進んだ技術や防がれたはずのことが、すべて無くなってしまう

 

スーツの女性のいた世界は、優しい世界だと言っていた。

小さな戦争は起こるものの、無関係な人が巻き込まれることはほとんどなかった。

第3次世界大戦のような大きな戦争は起こらず、核も人に向けて使われることはなく、もっと恐ろしい兵器は開発されるけど、抑止力が働いて、むしろ平和のために役に立てられる。

 

梯子が、停点理論が発見されなければ、平和な未来が変わってしまうのか?と聞くと、

 

「未来が変わる」という言い方は正確ではなく、「世界が変わる」のだと。

 

女性は、2009年1月2日に神社で、ブーツの女性と出会うのをやめてほしいと梯子に頼んだ。

 

でも、梯子は迷っていた。

梯子を迷わせている原因は、亡くなったはずの両親が写ったあの写真だった。

 

梯子はスーツの女性に、あの写真のように進んだ世界もあるのか?とたずねた。

 

彼女によれば、停点が無限に存在している以上、もちろんそんな世界もある。でも、それは正しい世界ではない。

あなたの両親が亡くなったことも、決められた流れの中の1つだったと・・・。

 

停点の発見を阻止するには、人の手で、ピンポイントの時間と場所を狙って改変する必要がある。

いままでどんなに前のポイントにさかのぼっても、変えることはできなかった。

 

岡田派(岡田真澄似の紳士のグループの略)は、そのために、梯子のような不遇な環境で、しかもブーツの女性に、自分たちの都合のいい影響を与えられそうな人物を選んで接触した。

 

梯子は彼女の説明を聞いて怒っていた。さきほどの女性の言葉が引き金だった。

 

「じゃあ、僕の望む世界があるんですね」と梯子が言うと、

 

ドト子(ドトールのスーツの女性の略)は声を荒げて「世界は1つなんです。パラレルワールドなんて存在しないんです!」と言った。

 

梯子は「でも、岡田派の言うとおりにすれば、あの写真のようなことが望めるんでしょう? しかも、世界が1つしかないのなら、それが正しいことになるわけだ」

 

ドト子は「ありえない・・・。あなたはわかってない。過去とあなたたちが呼んでいるものは、変えられない。編集をねじ曲げても、それは選ばれなかった可能性をつなぎ合わせた偽物の世界で、そこには不安と恐怖と暴力が待っている」と・・・。

 

梯子の願いは、妹に両親の顔を見せてあげたい、惨めな思いを全部無かったようにすることだった。

 

自分の作った下手な料理ではなく、母のおいしいご飯を食べさせたい。

 

兄が行って恥ずかしい思いをさせた授業参観、飼ってあげられなかった子犬、参加できなかった遠足…。

 

ぜんぶ妹はがまんして、ふがいない兄のために笑顔でいてくれた。…そんな優しい子だった。

 

そんな妹の人生を、「不遇」のひとことで片づけるドト子が梯子は許せなかった。

もしもあの写真のように、両親と幸せに暮らせる世界があるのなら、かなえてあげたかった。

 

「僕は世界の平和とか知りません!」とドト子に言い放ち、梯子は席を立った。

 

「あなたは犯罪者に加担するんですか! どうして現実をうけいれられないんです!」と言うドト子に、

 

「過去も未来も現実もないと言ったのはあなたですよ」と吐き捨て、梯子は店を出た。

 

ドト子は梯子の後を追いかけながら、「聞いてくれそうだったから説得という手段を選んだのに、それなら違う手段もあった」と。

 

梯子は「好きにすればいい、今までの記憶を消せるなら、むしろ今すぐ消してください」と言った。

 

しばらくドト子は梯子の後を追いかけて説得を続けたが、ついに「もういいです」とつぶやくと、その場から忽然と姿を消した。

 

 

妹への告白

梯子はその後もネット掲示板に書き込みを続けた。

 

ドト子に、何もかも解決すれば、今起こっている不思議な出来事の記憶が少しずつ消えていき、日常に戻ると言われていた。

 

記憶を消されたくなかった梯子は、手段の1つとして、多くの人の目に触れる2ちゃんねるに書き込んだ。

 

ドト子は、ネット掲示板への書き込みは、とくに害はないと言っていた。どうせ本気で信じて行動を起こす人はいないと。

 

しかし、ドト子とは反対の考えをもつ者もいた。

 

その後、岡田派から2回ほど接触があった。

 

彼らは「ネットに書き込むな」と梯子を脅した。しかも、梯子が神社に行かなければ、妹はひどい目に合うと。

 

梯子は、妹をストーカーしている者がいると、岡田派のことを警察に相談した。

 

しかし、妹にはあいかわらず、なにも話していなかった。

そして岡田派に従い、1月2日に神社に行こうと思っていた

 

神社に行くことは、ドト子の言っていた平和な世界へと導く停点理論の可能性を消してしまう。

それはすなわち、世界の平和よりも個人の願いを優先させたとして、妹にも業を背負わせる

梯子はそれが怖くて、妹に打ち明けられずにいた。

 

また、梯子は、神社でブーツの女性と会うことに成功したら、妹の前から姿を消すつもりだった。

岡田派から、梯子の願いがかなうと、妹は少しずつ梯子と過ごした日々を忘れていくと言われた。

 

梯子も、妹と過ごした日々を忘れていくが、それは妹に比べれば格段に遅い。それがつらかった…。

そして、妹にも梯子にも、別々に帰る場所ができるという。

 

妹は両親と暮らす代わりに梯子と兄妹だったという記憶が消え、梯子は別に家族ができる。

 

掲示板の参加者から「それって本当に妹が望んだこと?」、「妹の幸せは、妹自身が決めるべき」、

「妹さんにとって梯子は大切な家族でしょ。何で離れなきゃいけないの?」などの意見が出た。

 

そして、やっと梯子も気がついた。妹が本当に望むものは何か?と。

 

梯子は今まで起こった不思議な出来事を、すべて妹に話した。

妹は最初黙って聞いていたが、ついに梯子の頭がおかしくなったと、泣き出してしまった。

 

でも、例の写真を見せたり、何度も状況を説明して、やっと信じてくれた。

 

やはり彼女が望む幸せと、梯子が思う幸せは、食い違っていた

 

詳しくはわからないが、梯子は両親のことで妹に負い目があった。

梯子も妹も、普通とは少し違う家庭に生まれたらしく、妹を幸せにしなければ、妹は幸せでなければと勝手に思い込んでいた。

 

しかし妹は、「ねじ曲げられた未来なんかいらない。今まで過ごしてきた日々は幸せだった」と言った。

梯子が描いた妹の幸せな世界は、梯子の勝手なエゴだった。

 

今の普通の暮らしが何よりの幸せだということに気づき、ドト子の話をもっと聞くべきだったと後悔した。

 

それを察したようにその後再び、ドト子が梯子の前に現れた。

 

 

ドト子との再会

駅の構内で突然肩を叩かれ、振り向くとドト子が立っていた。

 

ドト子は梯子の話を聞いた後、少し考え込み「それで、神社には行くんですか?」とたずねた。

 

神社に行かなければ、妹の身に何かあるかもしれない、でも行けば、妹が「そんなのはいらない」と言った世界になってしまう・・・。

 

梯子は「正直どうしていいかわかりません」と答えた。

 

ドト子は「行かないのなら、妹さんも梯子も全力で自分たちが守ります。行くのなら、ピアスは持っていかない。女性を見かけても絶対に声をかけないでください。岡田派たちは、すでに次の候補に接触している可能性があります。それも阻止しなければいけない」と言った。

 

それから協力はするが、梯子も妹も、最終的には自分で身を守ってほしいと。

 

梯子は以前から疑問だった、「なぜ、ドト子や岡田派は、ブーツの女性と直接会わないのか?」についてたずねた。

 

ドト子によれば、その理由を教えることはできない。「察してください」とつぶやいた。

※「察してください」はドト子の口癖だそう。

 

梯子は悩んだ末、最終的に、妹といっしょに神社に行くと決めた。

 

会うのではなく、行って見届けるだけ。

ブーツの女性がこれから歩む人生の幸せを、遠くから祈る。

 

ピアスはドト子に渡そうと思っていた。

しかし今、ピアスやメモは、梯子の手元にはなく、知り合いに鑑定に出していた。

その知り合いは、筆跡からどんな人物かプロファイルができ、メモと付箋の筆跡の照合も兼ねて、調べてもらっていた。

 

しかしこのことが後で、梯子は窮地に立たせられる。

 

この続きは次回に。