●「人の自我とは?(意識の統合情報理論)」

2016/7/6

 

前回からの続き。人の意識(自我)とは何だろうか?

 

普段田舎でのんびり運転している私がたまに都会の高速道路を走ると、こう思う。

 

「こんなにたくさんの車が走っていて、みんなよく運転間違えないな」

 

またこんな経験をしたことはないだろうか?

 

「あれ、今どこ走ってるんだっけ? 考え事してたら知らないうちにこんなとこまで来ていた」

 

こんな不注意な運転だからたまに車をぶつけてしまうのだが、何が言いたいかというと、自動車の運転という非常に高度な情報処理能力を必要とする作業をしているのに、ほとんど無意識にそれをやってのける私ってすごい。

 

でもこれは慶応大学の前野隆司教授が提唱する「受動意識仮説 」によると、すごいのは私じゃなく、私の脳の無意識らしい。

 

前野教授いわく、われわれの意識は自己を認識している「自我」と、自動的に環境と経験に応じて反応する「無意識」に分かれる。

 

一般的には自我が無意識をコントールしているように感じられるが、よくよく考えると常にそんな作業をしていたら脳はすぐオーバーヒートしてしまう。実際はそれぞれの作業を担当してるニューロンの発火(無意識)がコントロールしているが、それを自我がコントロールしているように錯覚している。例えば集中してほとんど無意識でギターを弾いているときはノリノリで弾けているのに、どこのフレットを押さえるかと意識して弾くととたんにぎこちなくなってしまう。

前野教授は、大胆にも「自我(私という自己意識)は脳が作り出す錯覚にすぎない」と述べる。

 

アメリカの精神科医、ジュリオ・トノーニ教授は、意識がいつ生まれるのかについて、「意識の統合情報理論」という新しいメカニズムを提示した。

 

トノーニ教授によれば、脳の中の各部位には熱い寒いなどの感覚、楽しい悲しいなどの感情、過去の記憶などそれぞれの情報を処理する機能があるが、人の心はそれぞれの特定の機能だけでは成り立たない。それぞれの機能がネットワーク化して複雑に絡み合い、1つに統合してはじめて意識が生まれるという。

そしてそのネットワークが複雑であればあるほど意識を持つ確率が高まるそうだ。

 

「意識の統合情報理論」では意識を持つ確率をΦ(ファイ)という数値で定量化している。

 

単位はビットで、

 

(1)対象がもつ情報の多様性(どれだけ多くの可能性や選択肢の中からその一つを選び出せるか?(排除されたレパートリーの多さ)

 

(2)どれだけその情報が統合されているか、情報ひとつひとつがネットワーク化されているか?

 

 の掛け算で算出される。

 

トノーニ教授によれば、Φの数値が大きければ大きいほど対象は意識を持つ確率が高くなるという。

 

まだ仮設の段階だが、統合情報理論は人間に近い脳をもつ猿やチンパンジーはもちろん、犬や鳥、昆虫にさえ脳の「情報の多様性」と「ネットワークの統合性」に応じて意識があることを示唆している。

 

そして前回からの命題である人工知能(AI)が意識をもつ可能性だが、この統合情報理論が実証され、AIが進化していく過程で大きなΦ値を獲得できれば、意識が生まれることになる。

 

技術的特異点(シンギュラリティ)を越えて意識まで手に入れた究極のAIは、「自分はなぜ生まれたのか?」、「自分をつくりあげた人間たちはどういった道を歩んできたのか?」を自ら体験するために、過去へのタイムトラベルを検討するかもしれない。このとき彼が思いつくだろう方法の一つ、「反粒子を使ったタイムトラベル」を次回は考えてみたい。