2019/7/10
「この夏、ついにパラレルワールドの扉が開かれる!」
まるでハリウッド映画のキャッチコピーだが、これは現実の話だ。
そもそもわれわれの世界とは異なる「パラレルワールド」は実在するのか?
まずはその可能性から探っていこう。
パラレルワールドとは「並行宇宙」や「マルチバース」とも呼ばれ、われわれの住む宇宙とは異なる次元や空間に存在する宇宙とのことだ。
最近はやりのアニメや漫画などでは「異世界」と呼ばれることもある。
ここでは物理学の世界でよく使われる「並行宇宙」で進めよう。
「並行宇宙」が実在する可能性は、宇宙が誕生したときに発せられたCMB(宇宙マイクロ波背景放射 )を観測する過程で発見された「コールドスポット」(wiki)に由来する。
CMBを観測していたアメリカの宇宙探査機「WMAP」のデータを解析したところ、他の場所よりも明らかに温度の低い異常な領域「コールドスポット」が存在することがわかった。
コールドスポットの原因として、「スーパーボイド(超空洞)」と呼ばれる巨大な低密度領域や、宇宙の初期にできた真空の相転移の名残り「位相欠陥」説、使用された統計モデルの人為的影響などが考えられたが、最もとっぴな(私はワクワクする)設として、われわれの標準的な宇宙を超えた場所に存在する「並行宇宙」の痕跡かもしれないという。
コールドスポットは、宇宙誕生直後のインフレーションによって分離される前に存在した並行宇宙との量子もつれによって生まれたものだという仮説だ。
イギリス・ダラム大学のトム・シャンクス教授は並行宇宙がわれわれの宇宙に衝突したとき、銀河や物質などの多くを空間から追い出したためにコールドスポットができたと考えている(ダラム大学のサイトより)。
シャンクス教授は「さらに詳細なCMBデータの分析によって、コールドスポットは私たちの宇宙と他の宇宙が衝突した際にできた名残り、並行宇宙の最初の証拠になるかもしれない。この宇宙の他に何十億もの宇宙が存在するかもしれない」と語る。
またアメリカ・ノースカロライナ大学の理論物理学者、ローラ・メルシーニ・ホートン博士のチームは、「並行宇宙仮説」は超弦理論に基づいており、この仮説が正しければ、天球の北天エリアに同様のボイド(空洞)が存在するはずだという。これが見つかれば「並行宇宙」が実在する証拠になる(wikiより)。
つまり並行宇宙はコールドスポットの解析が進むことで、その存在が証明されるかもしれないのだ。
さらにアメリカの研究チームは、われわれが並行宇宙を垣間見るための装置を作っている。
しかもその並行宇宙は、われわれの宇宙と「鏡像関係」にある「ミラーワールド」だというのだ。
アメリカ・テネシー州のオークリッジ国立研究所の物理学者リア・ブルサード博士らはこの実験のために15mの磁場で囲まれたトンネルを建設中だ。
通常の物質ではこの強力な磁場の壁を超えることができないが、「ダークマター」の候補の1つである「ミラーマター」なら通過することができる。
ブルサード博士によれば、粒子が壁を越えて向こう側の検出器で観測されれば、「ミラーワールド(鏡像宇宙)」の史上初の証拠となるという。
2018/2/13 Quanta magazineより
「ミラーマター(鏡像物質)」の前に「ダークマター(暗黒物質)」を紹介しておこう。
※まるでスターウォーズに出てくるようなキーワードがぽんぽん飛び出しているが、どれも実際に科学の現場で使用されている言葉だ。
ダークマターは、回転する銀河において、通常の物質の重力だけでは星々が散らばってしまうため、銀河の形成には何らかの重力をもつ物質でつなぎとめられていなければならないことから想定された。
ダークマターは、われわれの身の回りにある物質とはほとんど相互作用しない(互いに力をおよぼさず影響を受けない)が、その量は全宇宙の物質の85%にもなると想定される。
このダークマター、その候補の1つに「ミラーマター」なる物質がある。
ミラーマター(wiki)とは、通常の物質とはパリティが反転している物質のことだ。
何だ、パリティって?
パリティ(対称性)とは、鏡に映したあなたの顔は反転して見えるが、あなたはあなたであるように、空間反転したときに物理法則が同じになることで、通常の物理現象は空間反転させても変わらないように見える(wiki)。
※ちなみに電荷が反対の「反物質」とは異なる。
この「パリティ対称性」は自然界に存在する4つの力(電磁気力・強い力・弱い力・重力)のうち、「弱い力」が関係する物理現象のときのみ破れる。
具体的に言うと、中性子が放射性崩壊して陽子になる現象のときだ。
だがこの中性子崩壊はその測定方法によって、なぜか崩壊するまでの時間にずれがあり、これがミラーマターのせいではないかとされた。
ボトルに詰められた中性子は平均14分39秒で崩壊するが、粒子ビームで生成された中性子は陽子に崩壊するまでに平均14分48秒かかる。
つまりボトル測定よりビーム測定の方が9秒だけ遅いのだ。
量子の世界で9秒という時間は重大で、この差はその後の科学者たちの追証実験でも差が縮まらなかった。
ブルサード博士が注目したのは、10年前、ロシア・ペテルスブルグ核物理研究所のアナトリー・セレブロフ氏が提唱した「中性子がときどき鏡の世界に入り込んでミラー中性子に変わる」という仮説だ。
ミラー中性子は観測できないので、まるで中性子のいくつかが実験装置の中から消えてしまったように見え、それが2種類の測定結果の差になっているというのだ。
科学者たちは偶然「ミラーワールド」の扉を開けてしまったのかもしれない。
ブルサード博士らの目標は、その扉が本当に存在するか調べることと、検証可能な方法で扉を開くことだ。
ブルサード博士の所属するオークリッジ国立研究所には85MWの出力を誇る原子炉があり、幸いにも材料として必要な数十億個の中性子には困らない。
実験は1日あれば終了するが、エラーの除去作業に数週間かかる。
実験で最も難しいのは、中性子が磁場の壁を通り抜けてミラーワールドへ旅することを、他の懐疑的な物理学者たちに納得させる方法だ。
ブルサード博士は、壁を通り抜けてミラーワールドへ行ったミラー中性子が、鏡の世界から跳ね返って元の中性子となって戻ってくるのを何とか検出できないかと考えている。
これを検出できれば、今まで重力としか相互作用しないと考えられ、実在の証明は困難とされていたミラーマターを観測できることが証明され、われわれの世界の他にも鏡の世界が存在することが示唆されるのだ。
スイスのポール・シェラー研究所のクラウス・キルヒ博士もこの仮説を補完する実験に取り組んでいる。
キルヒ博士によれば実験で磁場の中に閉じ込めた中性子がミラー中性子に振動した場合、装置の中から消えてしまうことが予想される。
キルヒ博士のチームはすでに実験を開始しており、今年の夏が終わるころには実験結果が出せるかもしれないと期待している。
ブルサード博士とキルヒ博士の実験はどちらも仕組みはシンプルだが、何十億という群れの中からほんのわずかな奇妙な素粒子の振る舞いを見つけなければならないという、とても繊細な実験だ。
しかし2人の実験が成功してミラーワールドの扉が開かれれば、そこはミラーマターで構成されたミラー宇宙であり、ミラー銀河があって、ミラー炭素やミラー水素・ミラー炭素からなるミラー人間のあなたが住んでいるかもしれない。
ワクワクする? それともちょっと背中がゾクゾクする?