●文系でもわかるホーキング博士の最後の論文解説(1)

2018/5/31

 

ホーキング博士イメージ

車椅子の偉大な物理学者、スティーブン・ホーキング博士が今年3月に亡くなった。

 

自身の名を冠したブラックホールの「ホーキング放射」をはじめ、20世紀から21世紀の宇宙物理学の発展に多大な功績をのこした博士だが、死後に発表された「最後の論文」が話題になっている。

 

論文は、ホーキング博士の元教え子でベルギーのルーヴェン・カトリック大学、トーマス・ハートグ博士と共同で執筆され、ネット上でも公開された。

 

●「A Smooth Exit from Eternal Ination?(永久インフレーションからのスムーズな離脱?)

arXiv.orgより

※「永久インフレーション」とは宇宙のはじまりに起こったとされる急激な膨張が永遠に続いていくこと。

 

ホーキング博士の最後の論文だから、宇宙や科学に興味をもつ人はぜひ読んでみたいと思うはずだが、この論文は専門的でかなり難しい。

 

せっかくなので「難しさ」を実感していただくため、出だしをちょっとだけ訳してみる。

※めんどくさい方は★までいっきに飛ばしてください。

 

 

インフレーションの通常の理論は、永久インフレーションで崩壊する。

我々は永久インフレーションの発端に位置する変形したユークリッドCFTの観点から永久インフレーションの双対の描写を得る。

分配関数は、無境界状態における発端面の異なるジオメトリック形状の振幅を与える。

デュアル・トイモデルにおけるその局所的および全体的な挙動は、その振幅は丸い3次元球とほとんど共形ではない表面に対して低く、本質的に負の曲率をもつ表面に対して0であることを示している。

     

   

★・・・理系の人はまだしも、私のような文系出身者や普通の中学生・高校生には何が書いてあるのかさっぱりだろう。

 

だから文系や中学生でも理解できるように、わかりやすく解説してみたいと思った。

 

なおこの論文に書いてある内容だけで理解するのは無謀だ。前提となる理論や仮説を知る必要がある。

 

だから論文の直訳ではなく、理解の助けとなる情報といっしょに解説していきたい。

 

この記事を書くにあたり、共同著者であるハートグ博士のインタビュー記事(ERCより)を参考にした。

 

論文外の情報も入っていることを最初にお断りしておく。

 

 

さて、まどろっこしいことはいいから「ホーキング博士の最後の論文にはいったい何が書かれているんだ?」とだいたいの内容をつかんでおきたい人もいるだろう。

 

簡単にまとめると、

 

宇宙のはじまりの瞬間に起こったインフレーションという現象は、永久に続いて無限個の宇宙を生み出すと考えられているが、そうではなく、われわれの宇宙と似たような有限個の宇宙にゆるやかに着地していく。

ホーキング博士はこの論文で、最新の宇宙論を、われわれの住む現実の宇宙に近づけようと試みている。

 

 

ホーキング博士は著書「ホーキング、宇宙を語る」 や「ホーキング、未来を語る」の中で度々自身を「実証主義者」と言っており、単なる理論だけでなく、その理論が「実験や検証可能か?」、「現実にどれだけ当てはまるか?」にこだわった人なのだ。 

 

 

さあ前置きはこのぐらいにして、なるべく最短コースでホーキング博士の最後の論文を解説していこう。

 

まずは「ブラックホール」だ。

 

ちょっとまった。最後の論文は「宇宙のはじまり」について書かれているはずなのに、なんでいきなり「ブラックホール」なんだ?

 

なぜなら「宇宙のはじまり」も「ブラックホール」も共通して「特異点」を持つと考えられており、この「特異点」を理解することがとても大切だからだ。

 

 

「ブラックホール」は太陽の30倍以上もあるような大きな質量の星が終わりを迎え爆発したときに、残った核が自らの重みでどんどん縮んでいき、小さく極限までつぶれた星だ。

強大な重力を持っており、宇宙最速の光でさえも逃げ出すことができずに飲み込まれてしまう、まさに宇宙のモンスターだ。

 

ただしモンスターでも牙や爪の届かない獲物は襲うことができず、ブラックホールにも「ここまではまだ引き返すことができる」、「ここから先は後戻り不可能」という境界がある。

 

この境界を「事象の地平面」と呼び、われわれはこの中を見ることができない。

 

なぜならわれわれが観測手段として使っている光や電波やX線などはすべて、この境界を超えて戻ってくることはできないからだ。

 

この事象の地平面の中心にあると考えられているのが「特異点」である。

ブラックホールの特異点(イメージ)
ブラックホールの特異点(イメージ)

 

「特異点」は密度が無限に大きくなり計算不能となるポイントで、1960年代にホーキング博士はロジャー・ペンローズ博士と共に「特異点定理」(wiki)として証明した。

 

「特異点」の向こうはどうなっているのだろうか?

 

すべてのものを吐き出してしまうホワイトホールや、われわれの宇宙とは異なる宇宙につながるワームホールになっていると考えられているが、まだ誰も証明できていない。

 

そして宇宙のはじまりにもこの「特異点」が存在したとされる。

 

ここで現在考えられている宇宙の誕生を簡単にご紹介しよう。

 

 

20世紀のはじめまでは、宇宙は昔からずっと変わらない、変化しないものと考えられていた。

 

しかし1920年代に観測によって宇宙が膨張していることがわかり、「過去にさかのぼればどんどん小さくなるのでは?」→「宇宙は小さな点からはじまった」と考えられるようになった。

 

1940年代にジョージ・ガモフによって宇宙は超高温・高密度の火の玉状態から膨張したというビッグバン理論(wiki)が提案された。

 

現在わかっている宇宙のはじまりは、今から138億年前、「特異点」からインフレーションと呼ばれる急激な膨張によって高温高密度のビッグバンに膨れ上がり、インフレーションのときにできた密度のゆらぎが、だんだん冷めて広がっていく間に物質をかたよらせ、銀河や星を形成していったと考えられている。

インフレーションについては後日あらためて詳しくご紹介する。

 

宇宙のはじまり
宇宙のはじまり

 

さて最大の問題は「特異点」だ。

 

計算不能では理論も組み立てられない。

 

米タフツ大学のアレキサンダー・ビレンキン博士は、宇宙の最初は空間も時間もない「無」から生まれたという仮説を1982年に発表した。

 

とても小さなミクロの現象を研究する量子力学では、真空とは「何もないからっぽ」ではなく、「粒子」と、反対の性質を持つ「反粒子」が同時に生まれてはぶつかって消え、生まれては消えを繰り返す、永遠の綱引きをしている状態なのだという。

 

この綱引きはそうそう勝敗がつくことがないので、われわれには真空が「何もないからっぽ」に見えているが、あるときそのバランスがゆらいで「粒子」が勝ってしまった。

※この現象を「量子のトンネル効果」と呼ぶ。

 

すると閉じ込められていた真空のエネルギーが反発して宇宙空間を急激に膨張させ、インフレーションの原動力になったという。

 

ホーキング博士は、ビレンキン博士とは異なる方法でこの「特異点」を避けるためのアイデアを思いついた。

 

宇宙がはじまる前に時間はあったが、それは虚数の時間だったというのである。

 

次回はこの虚数時間を考えていく。

 

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ホーキング博士の最後の論文を短くわかりやすく解説しようと思いついたこの記事だが、今回の(1)では「宇宙のはじまり」と「特異点」しか紹介できなかった。

 

先が見えないとせっかく読んでくださる方も(私も)不安になるので、今後の予定は、

 

(2)特異点を回避するための「虚数時間」と「無境界仮説」の紹介

  ↓

(3)「永久インフレーション」と「マルチバース」の解説、それが抱える問題

  ホーキング博士がホログラフィー原理(AdS/CFT対応)を使って出した結論

 

という順で説明していこうと思っている。

 

気になった人がいるかも知れないが、「タイムマシン」がテーマのこのサイトでなぜ「ホーキング博士の最後の論文」を取り上げたのか?

 

論文の解説が終わった後の(4)で「タイムトラベル」との関係について説明したい。

 

あと3回ぐらい続きそうだが、ぜひ最後までお付き合いを。