●「パラレルワールドはあります!(2)」(量子マルチバースの誕生)

2017/8/11

 

量子マルチバースイメージ

前回の続き。

 

日経サイエンス2017年9月号に掲載されたカリフォルニア大学バークレー校の物理学者、野村教授の記事の考察をはじめる前に、そもそもこのサイトのテーマであるタイムトラベルと、パラレルワールドがどのように関係しているのかを簡単に解説しておこう。

 

 

このサイトに設置しているGoogleのカスタム検索で「パラレルワールド」を検索してもらえればわかりやすいが、「もっともお手軽な過去を変える方法」や「タピオカ理論」、「並行記憶」をはじめ、「パラレルワールド」というキーワードでたくさんひっかかる。

 

「パラレルワールド」を使ったタイムトラベルの代表は、プリンストン大学の大学院生だったヒュー・エヴェレットによって1957年に考案された量子力学の「多世界解釈」に基づいたモデルだ。

 

「タイムパラドックスを回避するには?(1)」でも紹介している通り、過去にタイムトラベルした世界はパラレルワールドとなり、その世界で歴史を変えても自分の元いた世界には影響を与えないという「親殺しのパラドックス」を回避することのできるタイムトラベル・モデルである。

 

さてこのパラレルワールドには、「もっともお手軽な過去を変える方法(2)」で紹介している、マサチューセッツ工科大学の物理学者マックス・テグマーク教授による4段階の分類がある。

 

 

<レベル1>

宇宙に果てがあるのかはわかっていない。われわれの宇宙は光速を越えるスピードで膨張しており、光が到達できる範囲の外は天体望遠鏡などで観測することができない。観測の範囲の外には別の宇宙が存在する可能性がある。

 

<レベル2>

宇宙のはじまりに真空の相転移が起こり、急速に膨張してビッグバンにつながったとするインフレーション理論が考えられている。

インフレーション時には急速な膨張によって局所的にいたるところに泡宇宙が生み出される。泡宇宙はやがて親宇宙と切り離され、独立した1つの宇宙となる。この泡宇宙と連絡をとるすべはない。

 

<レベル3>

エヴェレットの多世界解釈によって生み出される、観測ごとにいくつもの分岐した宇宙にわかれていくパラレルワールド。

 

<レベル4>

レベル1~レベル3までを含み、あらゆる数学的可能性によって記述される多元宇宙。

 

 

この4段階のパラレルワールドはレベルがあがることに前のレベルの世界を内包する。

つまりレベル4がすべてのパラレルワールドを含んだ究極のモデルになっている。

 

でもこの記事を書いた当時は、テグマーク教授のいうレベル4のパラレルワールドが漠然として、いまいちイメージできなかった。

 

だが今回の日経サイエンスに掲載された野村教授の解説により、パラレルワールドに対する理解をあらためて整理することができた。

 

なおここからは、「パラレルワールド」を野村教授にならって「マルチバース」と呼ぶことにする。

※「マルチバース(multiverse)」はわれわれの宇宙「ユニバース(universe)」に対し、宇宙がたくさんあることに由来している。

 

さていよいよ野村教授の理論を考察していくが、まず「なぜマルチバースという考え方が誕生したのか?」から考えてみたい。

 

 

(1)「人間原理」によって生み出されるマルチバース

この宇宙は光を超える速度で加速膨張している。この加速膨張を生み出す「ダークエネルギー」の正体の1つとして考えられているのが「真空のエネルギー」だ。「真空」とは何もない状態という印象があるが、物理学ではエネルギーが一番低い安定した状態のこと。

 

真空のエネルギー密度は実際に測定することが可能だが、1つ問題があった。理論値よりも実際の数値が120ケタも小さかったのである。

※1998年にアメリカの物理学者ソール・パールマター教授らの超新星観測による加速膨張の発見よって実証された。

 

120分の1ではなく、120ケタも小さいといったら大問題なわけで、その解決策として考案されたのがアメリカの物理学者スティーヴン・ワインバーグ教授による「人間原理」だ。

 

「この宇宙は人間のためにある」みたいな偉そうなネーミングだが、そうではなく、宇宙がたくさんあるならば、真空のエネルギー密度が大きい宇宙もあれば小さい宇宙もあるという考え方。

ただしわれわれが生存できるエネルギー密度は限られており、それ以外の宇宙に観測者である人間は存在できない。

たまたまわれわれの宇宙のエネルギー密度が理論値よりも120ケタ小さかっただけなのだ。

 

真空のエネルギー密度の問題を解決するアイデアとして、「マルチバース」は誕生した。

 

 

(2)「永久インフレーション」によって生み出されるマルチバース

インフレーションとは、宇宙のはじまりに真空の相転移が起こり、急速に膨張してビッグバンにつながったという理論。

宇宙誕生の10-37秒後から10-35秒のわずかな間に、1043倍という途方もない大きさに宇宙が膨張したという(JAXA宇宙情報センター「インフレーション」より)。

 

われわれの宇宙ではインフレーションは誕生後のわずかな間に終わったが、この宇宙を含む空間全体では今も続いている。

 

例えると、水が沸騰するときのように宇宙Aにボコッと泡が生じる。この生じた泡を宇宙Bとすると、お湯ならばいずれBの泡は膨らんでAの泡とぶつかって消えてしまうが、宇宙Aはインフレーションで自らも膨張しているので、宇宙Bにぶつかることなく存在し続ける。

 

宇宙Bの中にまたボコボコッと宇宙Cが生まれて・・・という具合に永遠にインフレーションが続いていく。

 

永遠に続くインフレーション
永遠に続くインフレーション

 

これもまた大問題である。

 

なぜなら永久インフレーションにより無限個の宇宙(マルチバース)が生まれてしまう。

 

無限に宇宙が生まれるということは、何かが起こる確率が「(無限)÷(無限)」と計算不能になり、あらゆる出来事があらゆる宇宙で無限に起こってしまい、何の理論予測もできなくなる。

 

つまり物理学として意味をなさなくなるのだ。

 

 

(3)「超弦理論」によって生み出されるマルチバース

 

超弦理論「10次元をイラストにしてみた」(超弦理論も徹底解説)で詳細に解説しているが、物質の最小単位を1本の振動する「ひも」とし、このひもの振動する周波数の違いが世の中に存在する光子などのさまざまな素粒子に対応するという理論だ。

 

超弦理論によれば、われわれのいる時空は10次元を必要し、その方程式を解くと10500個もの大量の解が出てくる。これは10500種類の宇宙が存在することになり、あらゆる数の宇宙(マルチバース)が存在してしまう。

 

あらゆる数の宇宙が存在してしまうということは、永久インフレーションと同様、予測ができないという点で物理学として破綻しており超弦理論の欠点とされる。

 

 

(4)多世界解釈の応用

永久インフレーションや超弦理論から導かれる無限個の宇宙を回避する方法として、野村教授らが考え出したのが、多世界解釈の応用だ。

 

相対論的にとらえると、マルチバースは無限個の宇宙が無限に大きな空間の中にあると想定される。ここで重要なのは無限に大きな空間が単一の「実空間」であることだ。

 

エヴェレットの多世界解釈によれば、量子力学において初期状態から確率的に生まれるどんな可能性も、幹から枝分かれしていく枝のように、すべて等しく存在する。

 

野村教授は、マルチバースの存在する空間を「実空間」ではなく、多世界解釈のように確率によって枝分かれしていく「確率空間」にあると考えた。

 

マルチバースは確率空間の中で重なって存在している。この考え方に従えば、インフレーションが続く宇宙もあれば、インフレーションが終わる宇宙も確率的に存在することができる。

 つまり永久インフレーションを回避することができるのだ。

 

野村教授の考案した確率空間に存在するマルチバースを「量子マルチバース」という。

 

 

(5)ブラックホール・パラドックスの応用

ブラックホール・パラドックスは「キップ・ソーン博士のタイムマシンが実現?(1)」でブラックホールの「ファイアウォール・パラドックス」として紹介している。

 

1度ブラックホールに飲み込まれた情報は2度と取り出すことはできないはずだが、実はホーキング放射として少しずつ放出される。その放射を調べて本来の情報を再現することも理論的には可能なので、情報がブラックホールの内側と外側でダブルカウントされてしまうというパラドックスだ。

 

ブラックホールに人が吸い込まれた場合を例にすると、吸い込まれた人間は中心に向かってどんどん落ちていき、事象の地平面も知らぬ間に超えて、最後は特異点に飲み込まれる。

 

そのとき吸い込まれる人間をブラックホールの外側から観察していた人がいたとすれば、吸い込まれた人間が強大な潮汐力によってスパゲッティのように引き伸ばされたように見える。

やがて落ちる速度がスローになっていき、事象の地平面にたどりついた時点でピタッと静止し、ホーキング放射の熱で焼かれて灰になる衝撃的な光景を目撃する。

 

実は理論的にはこの灰からもう1人の完全なコピー人間を再生することが可能なのだ。

 

このことはブラックホールの中と外で完全に同じ人間が2人存在することになり、情報の完全なコピーはできないとする「量子複製不可能定理」に反してしまう。

 

 

でもこれは次のように解決される。

 

ブラックホールの境界である事象の地平面の中と外で情報のやり取りをすることはできない。

 

ブラックホールの外側から観察するあなたは、事象の地平面の中をのぞくことはできない。

反対に事象の地平面を越えて飲み込まれたあなたは、二度と外側を見ることができない。

中と外を同時に観察することはできず、情報のダブルカウントは不可能なのだ。

 

野村教授はこれを量子マルチバースに応用した。

 

 

われわれの宇宙は光速度を超えて加速膨張しているため、光の届かない領域は観測ができない。これはブラックホールの事象の地平面と同様な働きをし、「宇宙の地平」と呼ばれる。

 

この宇宙の内側にいる観測者からは「宇宙の地平」の外側を観測することはできず、「宇宙の地平」の外側にいる観測者から「宇宙の地平」の内側を観測することはできない。

 

宇宙の地平の中と外から同時に観測することはできない
宇宙の地平の中と外から同時に観測することはできない

 

相対論では、マルチバースがすべて単一の実空間にあると考えてしまうが、それだと同じ人間が何人も複製されてしまい、それこそ情報の無限カウントになってしまう。

 

マルチバースが確率空間にあると考えれば、それぞれの宇宙は確率的に重なっているが相互作用はできないので、情報の無限カウントを避けることができる。

 

確率空間に重なって存在するマルチバース
確率空間に重なって存在するマルチバース

 

 

さて(1)から(5)までをテグマーク教授が分類したパラレルワールドのレベルに従って整理してみよう。

 

・<レベル1>は(5)の宇宙の地平の外にあるマルチバースに対応する。

 

・<レベル2>はそのまま(2)のインフレーションに対応する。

 

・<レベル3>は(4)の多世界解釈の応用に対応する。

 

・<レベル4>は(3)の超弦理論によって生まれる宇宙も含めた量子マルチバースに対応する。

 

つまり野村教授の考案した「量子マルチバース」とは、テグマーク教授のいう"あらゆる数学的可能性によって記述された"究極のパラレルワールド理論"なのだ。

 

 

次回は「量子マルチバース」の実証可能性と、この理論から導き出される時間に関する驚くべき推論について考察したい。