【3話】

 

俺とTさんは、真ん中にはさんだ男の子に両側から手を引かれ、公園を出た。勝手に連れ出してお父さんやお母さんが心配しないかと尋ねたが、男の子は「すぐ近くにいるから大丈夫」との返事。

男の子は俺たち二人を先導して、公園から歩いて5分もかからないマクドナルドに入っていった。
この市には1つしかないマックなので店内はわりとこんでいたが、男の子は空いている席をさっさと見つけてちょこんと座る。何が欲しいかリクエストを聞いた俺に、即効で「ポテト!」と明るい声をあげた。俺もポテト好きだから馬は合いそうだ。俺とTさんはコーヒーを注文した。

Lサイズのポテトを男の子に渡すと「おいしい!」とつぎつぎ口にほおばった。俺とTさんは男の子に出会ってから頭に浮んでいる疑問をいつ切り出そうかと顔を見合わせていたが、男の子の方から「ありがとう。想像していた通り、二人ともとっても優しくて安心した」と頭を下げられた。

「それで・・・僕は、二人にいろいろと伝えたいことがあるんだ」男の子はふうっと一息ついて「あのね・・・実は今日、あの公園で仕事を頼まれていたのは、お兄さんやお姉さんだけじゃなかったんだ」

「仕事?」俺が聞き返すと男の子は「誰かに頼まれたから二人とも来たんでしょ? 望みをかなえてあげるからって条件で」

思わず息を飲む俺。隣のTさんを見ると同じように目を丸くしている。「なんでそのこと知っているの?」俺が切り出す前に彼女が先に尋ねた。

男の子は何も答えずニコニコしているばかり・・・。

だから俺はTさんに向かって「実は俺、この子の言う通り一か月ほど前にコンビニで、作業服のおっさんから写真を渡されて、クリスマスイブにあの公園にいって写真に写っている女性がある男性と出会うのを邪魔してくれって頼まれたんだ」

Tさんは俺の話を受けて、彼女も同じように一か月ほど前に図書館で見知らぬ女性から写真を渡されて、彼女の方は逆に写真の女性が男性とちゃんと出会えるように、邪魔する人を止めてほしいと頼まれたと告白した。そして引き換えに彼女が抱いている望みをかなえてあげると。
「誰にも言ったことなかったら驚いて・・・。弟が交通事故にあって下半身にマヒが残ったことを知っていて、ちゃんと歩けるようにしてくれるって。最初はぜんぜん信じてなかったけど、それから3日もたたないうちに弟の足がおもった以上に回復してきて、今では少しびっこをひくぐらいで歩けるようになったの。だから信じてしまって・・・。さっきは邪魔してごめんなさい」と俺に向かって頭を下げた。

「そうだったのか・・・。でも弟さん、よくなってよかったね」これ以上この話しをつづけると、俺の望みまで告白しなければならない流れだったので「それで、けっきょく公園の二人が出会うか出会わないかってのがなんでそんな大事なことなんだ?」と男の子にたずねた。

こんな質問自体を真剣に男の子にしている俺も変だったが、男の子はまじめな顔になり「仕事を頼まれて今日公園に来きたのは、お兄さんたちを含めて3人だけ。しかもあとの一人はとうとうあの女性を見つけられずに帰ってしまった。これで・・・僕たち人類にとって最悪の子供が誕生してしまうことになる」
それからの男の子の説明はとても小学生とは思えないほど理路整然としていて、わかりやすかった。例えると、「体は子供、頭脳は大人」ってキャッチコピーの漫画に出てくる主人公の男の子。大人だけどコミュ障の俺と比べたら、はずかしくなるぐらいはきはきと。でも「最悪の子供が生まれる」という突然のフレーズにはTさんも俺も首をかしげた。

「最悪の子供って、なんで君にはわかるの?」Tさんがどう質問していいかまごまごする俺に代わって尋ねる。
「それは言えないけど、とりあえず"今"の時点ではそうなっちゃった」やけに"今"を強調するので俺も尋ねた。
「今ってどいうこと? 明日になればまた違った結果になるの?」
男の子は首を振り「こんな大きな節目はそうそうないよ。もちろん一人ひとりの選択ならいつも、今の瞬間もしているけど。でも、ぼくらの大きな運命を決める結び目がいくつかあって、今日あの公園の3時のタイミングはその一つだったの」
「あなたは未来からやってきたの?」冗談のようにTさんが聞くと「未来じゃないよ。だって未来や過去に行くことはできないもん」
「でもなんで未来のことがわかるの?」
「未来や過去って、"今"と同じようにいつも細かく変化しているの。そして結び目のタイミングでそれは大きく変わっていくの」
 言葉は単純だけど、言っていることはわけがわからない。また"今"を強調されて俺も聞いてみた。
未来は今の行動で変化するのはわかるけど、過去はすでに起こったことなんだから変わるわけがないと。
それの答えが「"じゃくそくてい"て知ってる?」

漢字で書くと「弱測定」だそうだ。観測の仕方の一つで、この方法を使うとマイナス100%という確率がでてくるそうだ。"起こるか"、"起こらないか"っていう普通の確率を「未来」の確率とすると、マイナスがついたこれは"起こったか"、"起こらなかったか"という「過去」の確率らしい。例えばマイナス100%は過去に100%起こったことで、0に近づくとそれは0%起こらなかったことになる。何のことかチンプンカンプンだったが、俺よりずっと頭がよさそうなTさんも知らないらしい。そこからはこいつほんとに小学生か!(本人は小学4年生って言ってたけど)というような専門的な言葉を並べて、(それでも本人はがんばってわかりやすい言葉で説明してくれたみたいだが)俺たちがなんとか理解するまでレクチャーされた。

そして思い知らされた。この世の中は俺が思っていたのと、どうやら違っている。

まず時間について。これは時間が流れているってのは、どうも幻想みたいだ。未来や過去というのは今の時点でどんどん更新されていっている。というかこの宇宙が生まれた時点で、はじまりから終わりまでのあらゆる可能性が同時につくられたそうだ。だけどそれはただの可能性であって、俺たちは川に浮かんでいる石の上を、次はどれに飛び移ろうかと選びなら飛んでいるんだ。だから時間は正確にはずっとつながっていなくて飛び飛びらしい。俺たちの脳がかってにつながっていると錯覚しているそう。

次に"俺"という自我とか意識とかについて。実はこれも錯覚らしい。

なんで小学4年生にこんなトンデモ話を吹き込まれて納得してるかだけど、これがあまりにも理論的で、まるで男の子の中に大学教授がいて、リモコンで操作しながら俺たちに説明しているみたいだった(男の子の話じゃ、その例えはあながち間違いでもないそうだ)けど、哲学的ゾンビという言葉が出てきた。ゾンビ映画はあまり好きじゃないと俺は答えたけど、男の子はあきれた顔で「そのゾンビじゃないよ。魂のない人間のことだよ」

ハテナマークだらけの俺に向かって、それこそ小学生に説明するように、「お兄さんって今コーヒー飲んでるけど、コーヒー飲もうと決めたのは誰?」

もちろん自分だと答える俺。
「でも本当にお兄さん自身の判断? ほんとうは脳がコーヒーに含まれるカフェインを欲しがって、その反応で飲んでいるかもしれない。つまり脳の神経の反射でコーヒーを飲んでいるってこと」
 さらにわけがわからん・・・。男の子はじゃあと、自分の顔を指差して「お兄さんの目の前に、ほんとうにぼくはいる?」

そりやそうだろと答えると「でもアインシュタンの相対性理論によれば、さっきもいったけど絶対的な時間はないよ。実際には速度や重力によってお兄さんと僕とで流れている時間は厳密にいうと違う。お兄さんが今ぼくにした質問はほんとうに短い時間のずれだけど、共有をしていない」みたいな説明をされた。

そして結局自分ですべてものごとや行動を決めているというのは幻想なんだって。
 
あんまり時間がなくなったからと男の子が簡単に説明してくれたのは"記憶"について。
俺たちの記憶は(これも前の二つと同じだけど)錯覚にあふれているらしい。すべてとは言わないが。その錯覚によって未来や過去のできごとが変わっても気づかないそう。前に男の子が俺たちに説明してくれたように(実際には波動の関数がどうのこうの)俺たちはそのときそのときでさまざまな"今"を選択している。

その選択がその人の記憶となり、それが集まって歴史となる。たださっきも言ったようにその歴史は結び目を変えることによって大きく変化させることもできる。例えば過去を変えようとすれば、最初に出てきた弱測定でマイナスの確率を計算し、目標の確率になるようにシュミレーションではじきだされた結び目をいじくるそうだ。それをコントロールしてきた悪いやつらがいるとのこと。それがコンビニであったおっさん(をコントロールしていたヤツ)だったり、Tさんに話をもちかけた女性(本人の意思かどうかは不明だが)だった。

で、悪い奴らといったけどなぜ悪いのかというと、それはその人たちにとって一番都合のよい未来(や過去)に無理やり変化させようとしているからだと。
 
そこで一つ疑問がわいた。でも俺より先にTさんが質問した。
「誰が良い悪いを決めるの? 人間にとって便利なことや良いことも、動物や自然や地球にとっては悪いことや不都合なことってあるじゃない」この質問は男の子の意図をずばり突いていたそうで「まさにそのとおり! お姉さんはこのお兄さんと違って頭がいい!」とばかにされた。うるさいわい。

けっきょくその選択がいいかわるいかは誰にも決められない。というかそんなもの、良い悪いなんか存在しない。ただその選択の積み重ねで歴史が作られてきた。その歴史は記憶となって人や動物や植物や、土や石といったすべてのものまで保存されているんだって。どこに保存されているのかって尋ねたら、またまた難しくなるからと男の子はいやがったけど、かいつまんで説明してくれた。

この世の物質は元は1本の紐らしい。その紐の端は膜にくっついて振動している。それで選択がなされたときにはじめてぴたっと確定される。この世界のすべてはその膜にくっついているから選択された記憶や歴史はすべて膜の中に共有されている。ただ唯一重力だけはその紐の端が閉じているから膜から離れて自由に移動できる。その膜ってなんだと聞くと、"一つの宇宙を覆うもの"だそう。この膜と閉じた重力の情報交換によって、悪い奴らは自分たちの都合のよい未来や過去をシュミレーションするらしい。

そして最後に男の子は、やがて公園の二人によって生み出される子供は人間にとって明らかに敵となる。それを阻止できる次の結び目は確かに存在する。だけどそれをどう選択していくかはお兄さんとお姉さん次第。ただこの事実を知った二人は少なくとも昨日までの自分たちとは違う。その能力はおいおい気づいていくとのこと。

「喉がかわいた。ジュースが飲みたい」急に子供っぽくなった男の子にせがまれて俺は席を立った。ちょうどTさんもトイレにいっていた。

ジュースを買って席に戻るとテーブルに男の子の姿はなく、一枚の写真が残されていた。写真には俺とTさんとまだ入園前ぐらいの小さな男の子が手をつないで写っていた。その写真の裏には「ぼくのゴール」と書いてあった。


(おわり)